第十二話「襲撃!ヴェスタとシノブ」


 突然あるまたちの前に現れた子供型のアンドロイド--ヴェスタは敵意を剥き出しにして一同に攻撃を仕掛けて来た。
彼女らが乗って来た作業車が燃えて煙とガスがあたりに立ちこめた。狭い空間なので生身の人間にはひとたまりもない。
既に技師たちは防護服のフェイスプレートを閉じて酸素マスクに切り替えていた。消火器を出して消火に当たろうとしても
攻撃を加えた相手はゆっくりとこちらに歩いてくるのだった。ガードロボットが2機ヴェスタの前に出て攻撃をしようと
レーザーデバイスで狙いを付けようとしたもののそれよりも速くヴェスタの腕の銃弾が彼らを捉え、
あっさり一撃で倒されてくずおれた。ガードロボットではとても勝ち目がない。
 あるまは他の仲間を攻撃から守る為に正面に立つ。ヴェスタは再び腕のショットガン発砲させた。
あるまの構えたハイメタルシールドにヴェスタの腕からはなった銃弾が突き刺さる。
強化合金とナノカーボン製の盾の表面が着弾の衝撃でボコボコになった。
ヴェスタはなおもまっすぐあるまの方に近づいて来た。

「いおん、おばちゃんたちを連れて逃げろ!RD!ガードロボットを楯にして後退しろ!」

 あるまの指示を聞いていおんは一瞬戸惑ったがすぐに技師たちの方に向き直り両手を掲げて退避を促した。傍らにRDが並ぶ。
ガードロボたちが一同を守るべくその後に続く。いくら強いとはいえ相手は一人だしガードロボットはまだまだ多数残っている。
あるま達だけならなんとか撃退出来るかもしれなかったが最優先されるのは技師達の身の安全である。なにぶんにも狭い空間の
中、闘えば巻き添えが出る可能性は非常に高かったのだ。
一同が後退するとあるまは現れた自分より小さいが敵意をみなぎらせている相手に立ちふさがった。
 あるまは右腕のドリルを作動させる。回転を最高速にしてレーザー削岩機も起動した。
ドリルの先が赤く発光して小柄のアンドロイドの胴体めがけて突き出されるが相手はちょこまかとあるまの攻撃をかわしていく。
表情は全く余裕で口元には笑みすら浮かんでいるようだった。

「そんなもの、効かないよ!!」

 ヴェスタはあるまをからかうような口調で言う。
当たれば威力は相当なものだがこのドリルは作業用のものであって戦闘用の装備ではない。
ヴェスタはにやりと笑うとスラスターを全開にしてドリルの一撃をすり抜けるとあるまの懐に飛び込みそのまま拳を振り上げて腹に強烈な一撃を叩き込んだ。
あるまは吹っ飛んで大きな機械類が積み上げてある所に叩き付けられ、がらがらと機械類の山が崩れて半分埋もれた状態で止まった。


「ふん、メタルガードなんていうからどのくらい強いかと思ったけどたいしたことないな」

 ヴェスタはあるまの倒れている方に近づきながら言った。あるまはようやく体を起こして立ち上がろうとしている。
ヴェスタはあるまに止めを刺そうとして腕の銃口を開いて狙いをつける。
が、ヴェスタは狙いをあるまの顔からわざと外してあるまの右腕に装着されたドリルユニットにつけた。
それは今の衝撃で壊れて煙が出て来ている。そこに容赦なく銃弾を叩き付けた。



「うがあああ!!!!!!!!」

あるまの右腕が砕けた。

彼女の腕は特殊な構造になっていてドリルユニットのような専用のアタッチメントを装着する際、
腕にある普段は見えないラインに沿って外装部が開いて内部の機械と直結するようになっている。
これによってあたかも自分の手そのもののように追加装備を扱う事ができるのだが、それがかえってあだになった。
今のあるまの腕はドリルユニットと一体化している。そのユニットごと腕まで破壊されてしまったのだ。
あるまは激痛に呻いた。アンドロイドには五感が与えられている。痛みの感覚も人間と同じようにあった。

「痛いか?痛いだろう?恨むなら人間を恨め。機械であるあたしたちに痛みの感覚を与えた人間どもにな!」

 ヴェスタは苦痛にうめくあるまの胸に足をかけて頭に直接銃口を付けた。

「だけど…解放してやるよ、苦痛から、人間共の手からな!」

 そのまま電脳を破壊するつもりだ。ナノメタルエンジンで強化しているがこの威力でこの距離で直撃して無事で済む保証はなかった。
 その時、一台のガードロボットが飛び出した。まっすぐヴェスタめがけて突っ込んで来た。
 レーザーの射線がヴェスタを狙うがかわされる。ガードロボットの背中にはRDが乗っていた。
 ヴェスタは狙いを変えるとガードロボットに銃弾を叩き込んだ。
  ロボットは破壊され爆発を起こしRDははじき飛ばされて壁に叩き付けられた。
 狭い空間なので今のの爆発で爆煙が立ちこめている。生身の人間がいたらたちまち窒息してしまうだろう。
ヴェスタはやれやれ…といった感じであるまの方に向き直った。
するとそこに煙に紛れて現れたのか、 倒れたままのあるまの側にまた別のアンドロイドの少女がうずくまっていた。
 いおんだった。彼女は傷ついたあるまに向き直ると肩に左手を抱えて抱き起こした。



「…ば、ばか…なんで戻って来たんだ…おばちゃんたちはどうしたんだ?」

痛みをこらえながらあるまはいおん達を咎めた。
ヴェスタには背中を向けた形になっている。彼女はいおんたちに狙いを付けたままだったがなぜか撃とうとはしない。

「RDちゃん!大丈夫?」

いおんはRDの方を見たが彼女はなんとか 起き上がりヨロヨロと立ち上がった。
いおんたちがまだ無事なのを見てその顔に少し笑みが浮かんだようにも見えた。

「ムルタさんたちはガードロボットの先導で脱出しているところです。

だけどあるまちゃんの悲鳴が聞こえたから助けようってRDちゃんが。わたしも同じように思ったから」

 いおん達はガードロボットの保護の元、技師たちを安全と思われる距離まで避難させた後あるまを援護する為に戻って来たのだ。
どのみちこの場所を確保して 送電システムを復旧しなければこの街は壊滅してしまうだろう。ある意味逃げ場などなかったのである。

「だからって…オレの為に…あいつ半端なく強いぞ?…おまえたちだけでもって…思ったのに…」
「まて!動くな!どこに行くつもりだ!!」ヴェスタが狙いを付けたままいおんたちに言った。
「撃ちたかったら…撃って下さい」いおんは背中を見せたまま言った。
「だけどあるまちゃんでなくてわたしを。彼女をこれ以上傷つけるわけにはいかないから」
「ふざけるな!弾が当たればお前だって苦しんで…壊れて…死ぬんだぞ!」
「だからって友達が苦しんでいるのに放っておけないでしょ?あなた がどういうつもりでこんな事しているのか知らないけど、
わたしはみんなが好き。この街が、ルナシティIIIが大好きだから…だから恐くってもたとえ痛い思いをしたとしてもその為に精一杯頑張りたいのよ」

 いおんは振り返ってヴェスタの方を見た。その目からは涙がこぼれ落ちていた。

「そんな、きれいごとなんか…知った事か!」

ヴェスタは思いもよら ない、いおんの言動に戸惑いを感じていたが、銃口を構え直して、発砲した。

***


「隊長!グレネードの使用の許可をお願いします!」

セリナは無線でワルキューレ隊隊長に聞いた。
新田原の方にもクモ型ロボットが二体ばかり迫って来ているのが見えた。
セリナの後ろでは技師たちが復旧の為の作業を必死で行なっているが、なおも迫ってくる無数の
ロボット達から彼女がここを守れなくては全てが無 駄になるのだった。
『まだ使ってなかったのか!?許可するっすぐ使え!全くお前ってまじめ過ぎ…』

通信が途切れたが新田原が月面車のドアから身を乗り出してロケットランチャーを構えるのが見えロケット弾
が発射されて迫ってくるクモロボットが吹き飛ばされるのが見えた。
セリナはライフルにグレネード弾をセットすると襲いかかってくるロボットの足関節の根元付近を狙って叩き込む。
装甲の弱いその部分に大穴が開いて爆発した。グレネード弾はあと三発…。敵の数の方が圧倒的に多い。
セリナはランカの方を見た、ランカとシノブ、激しい戦いのためかさすがに二人とも無傷ではなかった。
細かい切り傷を多数負っていたが致命傷にまでは 至っていない。

 お互いに相手の隙をうかがってにらみ合っていた…一瞬の油断が命取りになる場面だった。
ランカはボロボロになっているハイメタルシールドを捨てて両手でロングナイフを構えた。
内蔵のレーザーカッターを起動して展開する。相手の目を睨みつけるが相変わらず冷たい光のままだ。
次の一撃で勝負が決まる…お互いそう思ったのだが、その時クモ型ロボットの一台が現れてランカの後ろから
内蔵しているレーザーデバイスを外に出し餌食に するべく射撃体勢に入った。

「しまった!!」

ランカはそう思った。互角の相手に加勢が来たのではやられてしまうだろう。
 先に動いたのはシノブだった。剣を垂直に構えて刃をランカの方に向けると横に張り出している刃の片方が
内蔵されている超小型のロケットモーターで勢いよ く発射された。刃はランカの肩先をかすめて後ろに飛んだ。
そのまま後ろにいるクモロボットのレーザーデバイスの根元に突き刺さると中まで食い込んで破壊し た。
ガスを吹き上げそいつはゆらゆらと動いてくずおれた。

「どういうつもりだ!おまえいったい…」

シノブが打ち出した刃にはワイヤーがついていて、するすると素早い動きで元の位置に戻ると再び十字形の剣に戻っ た。

「どうもこうもない。邪魔をされたくなかっただけだ」シノブが言い放った。
「くそ…」ランカは危機を脱したとはいえ面白くなかった。

一歩踏み出すとシノブも間合いを詰めた。さらにもう一歩……



 セリナの方はグレネードもライフルの弾も撃ち尽くした。ロングナイフを取り出して接近戦でクモロボット共を倒して行くしかなかった。
 新田原も月面車を移 動させながら群がってくる敵を蹴散らしているが何分にも数が多い…このままではあまり保ちそうもない…
と思っているとうっかり轍を柔らかい砂と岩の間に 引っ掛けてしまい軽くスタックしてしまった。
 そこに追いついたクモロボットが来て月面車に取り付いた。顎に装備されている、電磁カッターを作動させて車の 胴体を壊しはじめた。
 新田原は運転席から向き直るとライフルを手にしてドアから身を乗り出して襲って来たロボットめがけて撃ち続けた。
車内には技師たちが 二人いて恐怖に震えて動けなくなっている…そうこうしているうちにもべつの敵が二体程近づいてくるのが見えた。
 こちらもロケットランチャーの弾はもうなく 口径の小さなライフルだけでは心もとなかった。
 万事休すか?と思われたその時、宙天から強力なレーザーの射線が振って来て立て続けにクモ型ロボットに命中した。
セリナの方もやはり追いつめられていたのだがいきなりロボット達がくずれて倒されていく…。
 空から現れたのはセリナたちと同じような装備を身につけたアンドロイドの娘だった。
金髪に透き通るような青い瞳がセリナの眼と合った。
「久しぶりね、セリナ。間に合って良かった」
「アンナ=マリーか…助かった…」それだけいうと微笑みを返した。



 ふわりと漆黒の空から舞い降りたそいつは新田原がいる月面車の屋根に降り立った。

『ずいぶん苦戦してる様じゃないか?おまえさんのお大事なロボッ娘どもはよ!』

全身を赤い強化装甲スーツに覆われたそいつは紛れもなくスペースセイバードッグの物。
彼がフェイスマスクを開くと新田原には見覚えのある顔が表れた。
ハワードマンか!助けに来てくれたのか!?』男はあの駐車場で会った新田原の元同僚だった。
『まぁな。ジャンヌ隊のやつらも一緒だ』
 新田原はセリナの方を見た。メタルガードと思われるアンドロイドの娘たちがクモ型ロボットを駆逐しているのが見えた。
『それにしても…ただの伝説かと思ってたんだがな…ホントに居たんだな』
『なんだ?何があったんだ?』新田原が聞き返した。
『ピンクの戦艦。見たんだよ、確かに…そいつのおかげで俺たちは航宙軍から解放されたのさ』

 ハワードマンの話によると突如現れたピンク色の宇宙艦が航宙軍の艦に何かしら呼びかけたらしい。
するとどうしたことか航宙軍の艦はあっさり解放してくれてここに駆けつける事が出来たのだと言うのだった。

 駆けつけたSSDの他のメンバー三人はランカと戦っているシノブを背後から包囲していた。
「助けに来てもらって注文付けるのもなんだが、あんたら手を出すんじゃないぞ!!」
ランカはまだ勝負にこだわっている。言われた方のSSD隊員たちは少し戸惑ったが銃をシノブに突きつけて包囲の間合いを縮めていっている。
シノブは剣を持ち替えてサイボーグ達を迎え撃とうとする。ランカは…迷った。このまま一気に畳み掛ければ相手を倒せるかも知れない。だが…
『構わん、撃て!こいつはブルー小隊を襲ったやつらの一味だ!破壊してしまえ!』
そういって一斉に引き金を引いた、はずだった。
 目にも留まらない速さでシノブの剣先が動いてSSD隊の構えるレーザーブラスターの銃身をことごとくたたき切った。
ランカは動けなかった…いや動かなかったのか?シノブはそのまま高くジャンプするとスラスターを噴かして舞い上がった。
 彼女はまだ残っているクモロボットの一体を呼び寄せると背中に飛び乗った。
クモの足が折り畳まれて、腹の下に収納されていたロケットが噴射され空中に飛び上がる。
 シノブはランカの方を向くと目が合った、そしてこう言ったのだ。
「私は…シノブだ。今度会うときはお前を殺す」そしてロボットごと姿を消した。
SSD隊はシノブを追ったものの月の夜の暗闇のクレバス地帯で見失ったらしい。



***

 いおんの左肩のアーマーに衝撃が走った。復号材構造の合金製の装甲板がえぐれてはじけとぶ。
 彼女は傷ついたあるまを抱えたまま勢いで壁にぶちあたって床に倒れた。
 ヴェスタはいおんたちの方に近づいて行き、左手でいおんの襟首部分をつかむとそのまま持ち上げ立ち上がらせると顔に顔を近づけた。

「口でならなんとでも言える。人間なんてそんな物だ。
自分たちの都合で作っておきながら自分たちの都合でいらなくなったらあっさりゴミクズのように捨ててしまえるんだからな!」
「あなたは…」いおんが何か言おうとするのも構わずヴェスタは続けた。
「だったらなんでアンドロイドに心なんて物を与えるんだ?ただのなんの感情も持たない機械にしておけばいいものを!
その上に痛みの感覚まで加えやがって!そんなにあたしたちが苦しむのがお望みなのか!?」
「それは、そうじゃないわ。そんな意地悪な考えで私たちを作ったんじゃないわ」
「ああ、そうだろうともさ!だけどあたしは作ってくれなんて頼んだつもりはないけどね!」
「私は…生まれてからいろいろあったけれどそんな風に人間を恨んだ事なんてないわ。むしろ作ってくれた事に感謝しているぐらいよ。
アンドロイドだからって、いじめられたり差別されたりした事もあったけどそれでも私の事を好きになってくれて愛してくれる人たちがいたわ。
みんながみんなあなたの言うような身勝手な人ばかりじゃないわ」
 いおんの素直で真摯な言葉にヴェスタはいらだちを感じて声を荒げ た。
「だまれ!だまれだまれ!だまれ!!人間の犬のくせに!!あいつらの事をなんでそんな風にかばえるんだ!そんなふうにプログラムされているからなのか!」
「それは…違うわ…ううん、例えそうだとしてもわたしはそのことで誰かを恨もうなんて思わないでしょうね」
 いおんはまっすぐにヴェスタを見つめた。ヴェスタは直接いおんの頭に銃口を突きつけた。
今度は外さないつもりで撃とうとしたが、なぜか出来なかった。
「くそ………おまえなんかっ大っ嫌いだ!!」
そういってもう片方の手でいおんの頬をひっぱたいた。その勢いで倒れそうになったのを誰かが支えた。RDだった。




 ヴェスタはいおんたち三人の前に立ちはだかった。腕のマシンガンを収納すると両足を少し開いて構える。
両方の下肢の外側の部分が横にスライドして開くと折り畳まれたキャノン砲が飛び出して砲身が伸び、前面の標的--いおんたち三人--にぴたりと向けられ た。
彼女の体は全身が武器になっている。脚のキャノン砲の威力は腕の銃を上回るのは言うまでもなかった。
「…いおん!RD!逃げろっ…オレに構うんじゃない!!」あるまがうめくように二人を促す。
「だめ。あるまちゃんを置いてなんて行けない」いおんは少し震える声でそれでもきっぱりと言った。
RDは無言だがこくりとうなずいてもちろんこの場から動こうとはしない。
「ふん…お望みどうり、三人ともスクラップにしてやるよ!」
 とどめを刺すべくヴェスタは切り捨てるように言ったが、またもやいらいらしてくるのを感じていた。なんだ?この感覚は…?
 ヴェスタの心の隅に幾人かの顔が浮かび上がって来た。一人はシノブだった。優しく微笑んでくる…今の彼女は笑う事は無い。
もう一人…いや何人もの顔は人間たちだった。みんな見覚えがある… そのまなざしもみんな優しかった。
「なんだ、なんなんだ………?」ヴェスタは戸惑った。アレは昔の記憶なのか?しかし…自分の持っている記憶とは食い違いがある。
「くそうっ!!………ふざけやがって!!!!」ヴェスタは頭を抱えた。そのままの姿勢でうずくまり脚の凶悪な砲が火を噴く事は無かった。



 その時また別の一団がやってくる音が通路に響いて来た。
入間がよこした増援部隊、人型重装ロボットと武装した人間で構成させるD-SWAT隊が到着したのだ。
途中で合流したのか彼らの背後にムルタら技師の顔も見える。

”テロリストのアンドロイド!すぐに武装解除して降伏しろ!”

 SWAT隊の隊長が拡声器で呼びかける。もちろん人間相手ではないからこれは単なる手続きだ。
「ふん、雑魚共が。いくら来ても同じだ…ん?なんだ?シノブか?撤退…しろだと?」
どこからかの通信を受けたのか、ヴェスタはそう言うと少しばかり躊躇したようだがキャノン砲を収納し
脚と背中に内蔵されたロケットブースターに点火し て高速で離脱し始めた。
 ヴェスタは振り返ってもう一度いおんたちの方を見た。お互いを庇い合っているその姿にやはりいらだちを感じた。
 D-SWAT隊のロボットは脇をすり抜けようとするヴェスタを撃とうと構えたが隊長がそれを制止した。
この狭い空間で撃ち合うのは危険だからだ。それよりも…いまは街の動力を取り戻す方が先だった。



 ヴェスタはそのまま姿を消した。ルナシティIIIの地下ブロックの中でどこかに消えてしまったというのだ。
それはともかくシステムルームを取り戻した一行はムルタ共々復旧作業に入った。
いおんとRDも作業を手伝った。腕を潰されたあるまも手伝うと言ったのだがふたりに押しとどめられてしまった。
「だいじょうぶだっていってんのに…腕の神経回路も切ったからもう痛くないし」そういってぶうたれるのだった。
アンドロイドが痛みの感覚をもっているのは人間と同じ感覚と感情を持つ為なのだ。
痛いのは嫌だけどそれだけじゃない、もっと大事なものを得ているのだとあるまは思った。

***


 ルナシティIIIが完全に復旧するにはなおも時間がかかったがそれでも街として生きて行く為の環境は戻りつつあった。
 もう少し遅かったら…などと考えるときりがないが様々な要素が複雑に絡んでいて最悪の事態にならなかったのが不思議な程だった。
 伝染病発生の疑いを消すのにはさらにもう少し時間がかかったようである。
 それにしても今回の事件は謎が多すぎる。UNIVACの自分の執務室で報告書をまとめている入間は思った。
特にあの謎のアンドロイド達やクモ型のロボッ ト…単なるテロリストの仕業とは思えなかった。
 もっと別な巨大な何かの意思を感じずにはいられなかった。



 セリナは珍しく考え事しているようなランカが気になって呼び出した。
ここはUNIVACの建物の屋上でちょっとした庭園になっているが先ほどの事件の影響で気温が下がってせっかく咲いた花がしおれてしまっている。
「まーそんなに心配するような事じゃないよ。ただちょっと後味が悪くてね…」
手すりにもたれ偽の空を見上げてランカが言った。
「わたしだったら…例え卑怯だと言われても倒していたかも。そうしなかったランカを責めるわけではないが任務だからな。
だけどランカがした方はランカらし いと思うよ」
「そうかい。そういってくれると気が楽になるよ。だけど…あい つ…」
ランカはシノブと名乗ったアンドロイドの事を思い起こす。今度あった時こそ決着をつけないといけない。
「あるまの方はどうだ?腕直ったのか?」
「ああ、問題ない。彼女の腕は特殊だけど他の部位にダメージも少なかったし」
「そうか、そりゃなによりで」
あるまたちを襲った小さい方のアンドロイドもシノブの仲間らしい。どんなやつらだろうとこの借りは必ず返してやるとランカは思った。

***


「うぎゃああああああああああ!!!!!!」

激しい電撃を受けてヴェスタが床に転がった。ヘカテが手のひらから出た放電はなおもヴェスタに襲いかかる。
彼女は抵抗も出来ずに激痛でのたうちまくった。空気が焼けてオゾンが発生していた。立ち上がろうとするヴェスタにまたも容赦なく電撃が加わった。
シノブは…ヴェスタが制裁されるのをただ黙って見ているしかなかった。ヘカテは作戦が失敗した事に対してヴェスタだけに責めを負ったのだ。
「痛いか?もっと苦しむがいい…おまえにはシノブの分も苦痛を味わってもらうぞ」
そう言ってまたもや電撃をヴェスタに浴びせ続ける。シノブは顔を背けたいが命令で出来なかった。
ただ黙って見ているしかない。苦痛に呻くその声を聞くしかないのだった。
「わかるか?シノブ、おまえは我慢強い奴だ。だからお前にお仕置きしても何の効果もない」
ヘカテは太い電磁鞭を取り出すと倒れたままのヴェスタに思い切り叩き付けた。
一回二回…なんども容赦なく叩き付けた。高周波の衝撃と激しい打撃がヴェスタを痛めつける。
だがシノブは冷酷な主人を止める事はおろか、つらさを顔の表面に出す事も許されなかったのだ。
「だからだ、お前にとって一番つらいお仕置きをしているわけだよ!」
ナノマシン強化が外れている状態のヴェスタはただただ苦痛を耐えるしかなかった。外装の一部がはがれて中のメカが剥き出しになっている。
そこを狙ってヘカテは残酷にも鞭を打ち続ける。もう少しやれば電脳が焼けこげる…というところでヘカテは制裁を止めた。壊してしまっては元も子もない。



「FOX、いるのだろう?次の作戦にも協力してもらうぞ」ヘカテはテロリストを呼んだ。
FOXは姿を現した。彼らのいる広い部屋の暗闇の隅でアンドロイドとはいえ少女がいたぶられるのをずっと見ているのは
あまり気持ちのいいものではなかったが それをとがめだてる理由もなかった。雇い主の要求に応える、ただそれだけである。
「次の手と申しますと、何か隠し玉でもあるのですか?」
「うむ。これまでのは小手調べだ。わたしの本当の計画はこれからなのでな…」
ヘカテはFOX共々その部屋を出た。隣の部屋で話を進めるらしかった。
残されたシノブはようやく主の呪縛から解かれると倒れたままボロボロになっているヴェスタに駆け寄った。抱き起こして抱きしめた。
「…すまない…ヴェスタ…わたしのせいで…こんな痛い思いをさせてしまって…」
「…シ……ブ」ダメージから回復していないヴェスタはそれだけ言うのがやっとだった。
「お前の事はわたしが守ってやる…今度こそ絶対に、何があってもだ!」
シノブはヴェスタを抱いて傷ついた体を修理をする為にヘカテ達が出て行ったのとは反対方向の部屋に入った。

第十二話、了(つづく)

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