第七話「人と星の狭間で」


 第一宇宙速度は秒速7.9km。時速では28440km、音速の25倍以上であり周回軌道の高度が高くなる程速度は速くなる。仮に地球の周りを周回して いる衛星Aを秒速8キロとしてこれとまったく同じ軌道を逆に周回する物体B、これも秒速8キロである。この両者が真正面で衝突した場合、相対速度は秒速 16キロとなり激突の際のエネルギーは凄まじいものになる。たとえ物体Bが小さなねじ一本でもただではすまないだろう。
 BB機雷と呼ばれるものがある。"機雷"そのものは何の変哲もないただの鋼鉄製のボールベアリングなのだがこれが宇宙の周回軌道上にまかれると非常に厄 介である。ただし綿密に目標の軌道を計算した上で大量にばらまかなければ効果はほとんどない。そうではあるが一つ一つが非常に微細な物体であるためにレー ダーでも探知が難しい安価で効果的な宇宙兵器なのである。
 三十年程前、自治と独立を掲げた惑星連合に対し世界連邦は結成されたばかりの連邦宇宙軍艦隊を差し向けた。多額の費用を投入して開発建造された小型核融 合炉に長距離ビーム砲、高精度の核魚雷等連邦の誇る最新の装備を持った戦艦や巡洋艦で構成された堂々たる宇宙艦隊ではあったのだが対する惑星連合は少数の 貨物船の手で、たかだか直径1cmにも満たないただの鉄の玉を軌道上に大量にばらまき、これに衝突した連邦艦隊のことごとくがあっけなく撃沈、大破、航行 不能にされてしまった。現実の宇宙での戦争など物語で描かれる程かっこいいものではないのだ。
 この戦闘?のおかげで連邦は当時にして数千億クレジットの費用と一万人程の人命を宇宙の藻くずと化した。軍や政府首脳部は猛烈な批判を浴びて政権がひっ くり返ったほどである。そのせいもあってかBB機雷は当時非人道的な悪魔の兵器みたいな呼ばれ方をされたものだった。




 貨物船…に偽装したテロリストの船、”セント・インパティエンス”号ではUNIVACの臨検に対して起こった出来事の為に混乱が生じていた。内部には男 ばかりが5人、一人はマニュピュレータでセリナたちを襲った男である。
「ハンスのやつ血迷いやがって!計画がメチャクチャになったじゃないか!!」男の一人が言った。
「だがしかし"機雷"の軌道投入までほとんど時間がなかったぞ?!最悪のタイミングで臨検されてどうなるかと思ったがやつがUNIVACの男をはじき飛ば したおかげでチャンスが出来たんだ、不幸中の幸いってもんだぜ。リー!軌道投入は終わったか!!?」リーダー格が男をなだめながら他のメンバーに確認をす る。
「だめだ!!くそぉ!!貨物室の一つは解放出来たが後の3つはロックされたままだ!!」
「おかしいじゃないか、荷室のロックは完全に閉じないように細工したはずじゃなかったのか?」
「そのはずなんだが!!!くそったれ!!!!何度操作しても開かねぇ!どうなってやがるんだ!!こりゃだれかが外から手で留め金をかけたとしか思え ねぇ!!!!!」リーと呼ばれた男がうなった。
「だれかだって?そういやさっき船のまわりをUNIVACのロボット共がうろうろしてたらしいじゃないか、やつらの仕業じゃないのか?」もう一人の男が計 器をチェックしながら言った。
「まさか俺たちの計画を知って…なのか?」
「んなわけねーだろが!たぶんたまたま…荷室の留め金が外れてるのを見つけてわざわざ閉めて下さったのさ。ご親切にもな!」リーのその言葉に激しく反応し たのはマニュピュレータを操作していたハンスだった。
「なーーーにがご親切だぁ!!!!戻せ!!俺がやつらをばらばらにぶっこわしてやれぅ!!!」
「まてまて…まだ間に合う…軌道をもっと内側に修正して、どうせばれてるんだ。直に真正面からぶつけられるルートに入って"機雷"を投入すればいい。留め 金は船外活動ではがすしかないがな」リーダーらしい男が判断を下した。ハンスの方はまだはらわたが煮えくり返っているようだ。
「UNIVACの船の方はどうだ?飛ばされた男の回収をしているだろうしその間で応援を呼んでも時間がかかる。たぶん時間はあるはず…」
「やつら、追ってきますぜ!」
「なんだと?正気か??…ふむ、こちらの意図を読んで判断したのだろうが…」
「へっ!血も涙もない機械人形らしいな!人命救助より命令の方を優先させるなんてな!」ハンスと呼ばれた男がうなった。リーダーの男は心の中でくすりと 笑ったこいつのアンドロイド嫌いは筋金入りだがこれからやろうとしている事は俺たちの方がよっぽど酷い。まぁそんなことはどうでもいい、とにかく今はやり 遂げる事だ。






「優伍さん!大丈夫ですか!?」いおんはようやく新田原に追いついた。すでに母船とは数十キロ離れてしまっている。男の前に出るとヘルメットの中を覗き込 んだ。優伍はいおんの顔を見てほっとしている表情を見せた。
 宇宙で不測の事態が生じたとき行う行動は三つで、一つは冷静に状況を把握する事、二つ目はもっともベストな選択を速やかに行う事、三つ目は生命に関わる 状況があれば出来るだけ優先させる事でありセリナがいおんの行動を速やかに容認したのもこれに基づいていた。
『いおん、おまえか。俺は平気だ、幸いけがもしてない。無線アンテナがやられたから船と中継をしてくれ』
「わかりました…繋がってます」
『こちら新田原、SSFS-4010アプリュジアへ。当方通信機器の一部が故障、プロペラントタンクにも亀裂ができて推進剤が消耗したが生命維持装置その 他に問題はない。プロペラント残量と軌道その他の要素で自力では戻れない模様。そちらの損害も報告してくれ』
『こちらアプリュジア、艇長だ。おまえさんが無事でなによりだ。こっちは外板に少しへこみができたが、なぁに頑丈なのがこいつの取り柄でな。やつらはどう するんだ?なんでもBB機雷を仕掛けたらしいが』
『BB…やはりか。そのまま優先的に追尾してくれ、俺たちの回収は後でいい。このまま放っておくと大変な被害が出るかもしれん事態だ。大まかな部分はここ から指示するが細かい所はセリナの判断で行動してくれ』
『おいおい、冗談だろ?あのお嬢ちゃんだいぶしっかりはしてそうなんだがなにせその、なんだ…』アンドロイドだろ?というのを飲み込んで口ごもった。
『心配するな、彼女は優秀だ。UNIVACの規定もあるだろうが現時点で俺は存命してるものの直接現場で指揮を取る事が出来ない。だが緊急事態であるので 臨時にこの体制で行動するものとする。これが原因で不測の事態が生じれば責任は俺が取る、了解してくれ。オーバー』
『…しかたない、指示に従う。頼むぞ嬢ちゃん』艇長はPPGを着けたままコクピットに入って来たセリナに向けてもいった。
「艇長!」副操縦士は不満をあらわにした。アンドロイドが指揮をとるなど聞いた事がない。
「しょうがあるめぇ?俺たちの仕事はこいつを飛ばす事だ。そして結果として世の中が平和になればいい、そうだろ?」
「しかし…」
「申し訳ありません、規定では私に指揮の権限はありません。ですが私は新田原隊長の指示は常々熟知しております。よほどの事態でない限り私の意見は隊長の 意見と相違はないと確信しております。そのつもりで行動していただけるよう希望いたします」セリナは二人に向かって深々と頭を下げた。
「おらっ、お前女の子にここまで言わせて恥ずかしくないのか?」艇長がコパイに言った。
「………了解しました。本船は該当貨物船を追尾します」艇長の言葉で渋々承諾したようだった。

『俺たちずいぶん離れたんだなぁ、いおん』優伍が肉眼では見えなくなったアプリュジアとテロリストの貨物船のあたりを見て行った。いおんにはまだ見えてい た。望遠モードでもかなり小さくなってはいるが。貨物船の方は軌道を変更してより正確に目標ー連邦の動力プラントーを狙えるコースに入っているようだ。軌 道は秘密だったのにこうもあっさり漏れていたとは…どこからかわからんが優伍としてはとりあえずUNIVACからではない事を望むばかりだ。背中の酸素タ ンクと生命維持装置は無事だった。この分野での技術は非常に発達してるので生命維持に必要な環境は相当長い時間保つ事が出来る。ただし中の人間の精神の方 が保てば、の話である。広い宇宙に宇宙服だけでたった一人流されるなど発狂してもおかしくない条件である。いおんが来てくれなかったら…俺もどうなってい たかわからんな、と優伍は思った。そう思ってはいるがつい自分の中のひねくれ回路が逆の事を言わせてしまう。
『お前一人だと帰れるんじゃないか?そのぐらいの推進剤はあるだろう?』
「ばかなこといわないでください!わたし…ここを離れませんよ?」
『冗談だよ、冗談。頼むからここにいてくれ、いいな?』
「はい…でもわたし優伍さん助けに来たのになんにもできなくて…」ちょっと悲しい目で言う。
『いや、いいんだ。この状況では仕方ない。俺にしてみればお前はここにいるだけでありがたい。
お前はここに、俺の側にいろ。絶対に離れるんじゃないぞ?』そういっていおんの頭を撫でた
「はい…」宇宙服の分厚い手袋越しだったがその感触は嬉しかった。
『ふふ…なんだかお前って子犬みたいだな…』
「えー犬ですか?」いおんは不満そうだ。
『お前が初めて家に来た時の事を思い出すな…玄関先に鞄一つで突っ立ってた時「どうか飼って下さい」っていうオーラ出しまくってたぞ』優伍は思い出し笑い をした。



「だってそれは…わたしこの時代もこの世界の事も何にもわからなくて、ただこの家に行けってだけ言われて…行ったら優伍さんが出て来たんだけど、なんだか すごく不機嫌な顔してたんだもん」
『ああ?そうか?そうだったけかなぁ…?』
「わたし最初にまず挨拶しようって思ったら優伍さんいきなりわたしの手を取ってドアの中に引きずり込んで…そのまま二階の部屋まで引っ張られてそのあと鍵 を握らされて『ここを使え』ってそれだけいって出て行ったんですよ?わたし何がなんだかわからなくって困っちゃった」
『む?むぅ……そういえば…そうだっけかなぁ??あんときは確か前の日の仕事のせいで帰ったのはだいぶ遅かったからなぁお前が来たのは昼過ぎだったと思う んだが……』
「あんまり覚えてないんですか?優伍さんて結構いい加減なんですね」
『しょうがないだろ、男の一人暮らしってのはいろいろ大変なんだよ』
「くすっ…そうですね。家の中散らかし放題だったからあれから片付けるのにずいぶんかかっちゃいましたし」
『ちえっ…』
「優伍さん」
『なんだ?』
「優伍さんて結婚はしないんですか?」
『結婚?…なんでそんな事?』変な事聞かれたかのような反応が返って来た。
「ええ…?」
『まぁ、いままでずっと忙しかったから女作る暇なんかなかったなぁ…それに俺は理想が高すぎるって言われるんだがな…』
「優伍さんの理想のタイプってどんな感じなんですか?」おそるおそる聞いてみる。
『ああ…それがな…』そう優伍が言いかけた時に通信が入って来た。
「あ、セリナさんから通信です。繋ぎました」
『セリナです。五分後にテロリストの船に突入します。航天局からのデータで該当船と同型の内部構造図を入手しました。問題があれば指示をお願いします』
いおんの通信機を通して3Dデータが送られて来た。ヘルメットの内側バイザーに表示される。ワルキューレ隊の突入ルートも表示されている。装備は…第二種 以下か?優伍はほぞを噛んだ。
『セリナ、装備の方だが第一種はやはり使えないんだな?』
『隊長がこちらにいませんと使用許可が出せません』
『やはりか。セキュリティ強化のためなんだがいおんの通信機越しだとID認証がされないからな』
『いえ、仕方ありません、こちらでなんとかいたします』
『すまんな、俺のミスでこんな事になって。予定通り作戦を行ってくれ、こちらからは以上だ』
『気にしないで下さい。終わったら二人を回収しますので待っていて下さい』
『ああ、頼むぞ。セリナ』そういって通信を終えた。

 アプリュジア号はいったん減速後加速しておりもうじき貨物船に追いつき追い越すはずだ。それまでにワルキューレ隊は船を離れ目標船にランデブーする手は ずになっている。相対速度が上がっているので彼女らは自力で減速、軌道修正して取り付く事になる。それは地球上で言えば飛んでいる飛行機から飛び降りて移 動している目標地点に間違えず無事に降り立つようなものだ。もちろん地球上と違ってまわりに目印になるようなものは何もない。
 ワルキューレ隊の四人はPPG装備用コンテナのエアロックに立っている。減圧が終わって外扉が開きはじめている。そこに艇長からの通信が来た。
『嬢ちゃんたち、聞いてるか?いまさっきUNIVAC管制から知らせて来たんだが、連邦宇宙軍が動き出してるぞ?なんでもミサイルで例の貨物船を吹っ飛ば すつもりらしい』
「ミサイルですか!?攻撃の予定時刻とかわかりますか?」セリナが応答する。
「おいおい、バッカじゃないのか??やるんならビーム砲だろ?ミサイルじゃ鉄の玉を宇宙にわざわざばらまくはめになっちまうぞ?」ランカが異議を唱える。
「…条約でこの軌道高度でのビーム砲の使用は禁止されています。ミサイルでも現時点で該当船を破壊すればとりあえず動力プラントへの被害だけは回避出来る 模様です。」RDがランカの疑問に答えた。
「だからって…なぁ…動力プラントさえ無事なら後はどうなってもいいっての?無責任だろが」
『判明した。猶予はあと十分しかない、それまでに犯人が投降しないと攻撃するらしい』緊迫した声で艇長が報告して来た。
「げ!それって間に合うのか!!」あるまが絶句した。
「とにかく行くしかない。いやならここに残っていてもいいんだぞ?」
「冗談!行くってば!そんなの決まってるじゃん!!」
エアロックが開き終わるや四人は外に飛び出した。



 二人の周りには何もなかった。おそらく何十キロだか何百キロだかわからないがそんな文字通り何もない所にたった二人きりだった。いおんは昔これと同じよ うな状況になった事があるような気がした。
 いつか見たあの夢…かつて自分の主だった男とたった二人で小さなカプセルで漂流した事を…彼女は守りたくても守れなかった。なすすべもなく彼はその腕の 中で息を引き取った。
 そして今自分にとって大切な人になりつつある男が側にいる…この人はなんとしても守りたい、と彼女は思った。片方の手を彼の腕に絡ませた。余った方の手 は腹の方に回す。ちょうどしがみつくような感じの姿勢になった。男を包んでいる絶縁体と金属繊維で作られた宇宙服はなんだか頼りないものに思えた。
『なんだ?おまえ、恐いのか?』いおんの仕草を誤解したのか優伍は言った。
「いえ、平気です。優伍さん疲れてませんか?何かあったら起こしますから眠りませんか?」
『そうしたいが…まだ終わってないからな。それより腹が減ったよ、水は大丈夫だが食料チューブの予備がなくてな…こんな長いEVAになるとは思わなかった な。あるまのいうようにちゃんと食っとかないとダメって事だな』少し苦笑する。
「帰ったらいくらでも食べさせてあげますよ」
『ああ…頼むよ、おまえの料理でな』優伍はいおんの顔を見て微笑んだ。
「…!優伍さん、始まりました!セリナさんたちが今…」
『うむ』優伍はうなずいた。



 ワルキューレ隊の四人は虚空を貫いた。ともすれば全然動いてなんかいないような気さえするが実際にはとんでもないスピードで移動している。ただし目標と している一点に対してはだんだん相対的な速度を縮めていっていた。四人ともばらばらにならないようにひとかたまりになって進んでいる。RDが目標ーテロリ ストの貨物船との距離と座標を計算してそのデータに合わせて減速をはじめた。だんだんそれは近づいて来た。ほんの小さな点だったもが針のようになり船の形 になった。あと数キロ…数百メートル…宇宙船の周りに動きが見えた。宇宙服姿の男が数人、貨物室の扉に"大きなお世話"で掛けられた留め金を外そうと躍起 になっている。向こうはまだこっちに気づいていない。セリナは全員に合図した。
「いくぞ!」最終調整噴射を行ってなお少し勢いを残し着地するように足を下に敵の船の外板にとりついた。
作業を行っていたテロリスト共はいきなり現れた少女たちに驚いた。
『な、なんだ!!てめーらは!!!』
『さっきのUNIVACのロボット共じゃないか!!』
「作業を中止し、おとなしく投降しなさい。このまま進むとこの船は破壊されます!」共通回線で呼びかけてはみるがすでに連邦軍の通達が来てもなお作業して いるこの状況でおとなしく従うような輩ではないだろう。男の一人が作動中のレーザートーチを持ってセリナに襲いかかる。
 すらり、と涼しい顔でセリナはそれをよける。男は動きにくい宇宙服で必死になってなおも振り回す。あまりにも動きが緩慢で無駄が多すぎる。さてどうする かな?と思っていると横からランカが飛び出して来てクレイバズーカを抱えて男にまともに狙いをつけた。
「死ねやぁ!!!この腐れ外道が!!!!!」そういうと引き金を引いた。高圧ガスで打ち出された弾が男に直撃した。とどめを刺すようにもう一発叩き込む。 男はそのまま宇宙船の外板に叩き付けられて動かなくなった。
「おいおい、誤解を招くような表現は止めてくれないか?これ裁判の記録に残るんだからな」
「すまんすまん、なんつーか気分だよ気分。大体こんな粘着弾で死ぬ訳ないしねぇ」ランカが目をやった先にはさっきの男がトリモチで外板に固められ手足をば たばたさせてもがいていた。



 船の底面に潜ったあるまはちょうど留め金を外し終わった男を発見した。無線で状況を知ったのかあるまに向き直ると拳銃を引き抜いて立て続けに撃った。あ るまはよけもしない。弾は彼女の胸に当たったがPPGの装甲には傷さえ付かなかった。男は全弾撃ち尽くしてから相手が悪い事にようやく気づいた。
『ぎゃあぁぁぁあ!!く、くるなぁ!!ばっ化け物!!!!ひっひい…タ、タノム…命だけは取らないでくれぇ』男はあっさり投降した。
「えー?もう終わりなん?もうちょっとがんばってくれてもなぁ…」命がけでテロ行為してるわりに根性ないなぁ…と思うあるまの側にRDが来た。クレイガン で狙いを付けている。二発発射するとまたもや外板に張り付けになった宇宙服が出来上がった。
「ごめんなー、拘束してる余裕ないんでそのままで我慢してくれよ」外された留め金を戻すとあるまは男に謝った。RDの方はというと開いたままになっている 最後尾の貨物ブロックの中に入り込んだ。あらかじめ調べておいた構造図によると機関室に繋がる回線がここを通っているはずだ。追って入って来たあるまはそ のパネルを見つけると手際よく取り外した。RDがそこにとりついて制御装置の回線に接続する。とそこに一味の一人がマシンガンを手に性懲りもなく入ってく る。
『やらせはせんぞぉ!!貴様らがごときにわれらがグリーンクルセイダーズの邪魔はさせん!』
「あーはいはい」あるまはしょうがないなぁ…といった感じでクレイガンを一発発射。男の宇宙ヘルメットのバイザーを覆うようにべったり粘着弾がくっつい た。
『うわああああああ!!み、見えん目が!!目がぁああ!!!』粘着弾を取ろうとして両手を顔の所に持っていくとそのまま手もくっついてしまった。マシンガ ンを撃つどころではなくじたばたもがくだけだった。それを見たあるまはあきれた。
「うわ…カッコ悪…」



 セリナとランカはエアロックに取り付いて中に入ろうとしていた。緊急時には救助の為に外から開ける事ができる非常用の扉を操作している。そこにあの作業 用アームが動き出すとまたもや二人を襲った。アームの先は容赦なく自身の船の外板に叩き付けられた。セリナもランカもこんなものに易々当たる訳がない。と はいえそれほど猶予がない。中に入ってテロリストの動きを止めなければ連邦軍のミサイルが飛んでくる…時間はあまりなかった。
「残り、2分…行けるか?」セリナはランカに聞く。
「行けるか?だって?いちいち聞くなよ」ランカはセリナをかばうように前に出た。
「了解、頼んだぞ」セリナは再びエアロックに取り付いた。またもやアームが動いてくる。
ランカは襲ってくるアームの周りをくるくるとよけながら三つある関節の根元にまで近づいた。作業用の窓越しに一瞬見えた男の顔は引きつっていた。ランカの 横蹴りの一撃が炸裂しアームは関節の根元からポッキリ折れた。
 エアロックの中に潜り込んで気圧が同調するのを待つ時間がとても長く感じられた。中に何人かまだいて自分が入ってくるのを待ち構えているだろう…セリナ がさっきこの船に臨検で来た時は5人はいたようだが…エアロックが開く、一歩中に踏み入れたが誰もいない。セリナは記憶をたよりにコクピットに向かった。 コクピットの扉を開くと中には男が一人だけいた。臨検の時は船長を名乗っていた男だった。彼はセリナに気づくと振り向いた。
「やぁ遅かったな。おかげで荷室の機雷は解放出来なかったがもう時間切れだ」冷たく笑った。
「投降しなさい。もう産業プラントを破壊する事は不可能だ」セリナの後ろで動くものがあった。
さっきアームを動かしていた男、ハンスがセリナに襲いかかろうとしていた。手にはごつい斧が握られていた。セリナは半歩だけ動くと膝横の予備のホルスター から銃を抜いて振り向きざま発砲した。
 ギザギザした稲妻のようなビームの一撃で倒された大男はそのまま白目をむいて宙を漂った。生身の人間が神経電撃銃をまともに食らって意識を保たせられる わけがない。ハンスの手から離れた斧は壁に当たってリーダーの所に流れて来ると彼はそれを取ってセリナの方に向けた。



「構わんよ、我々の死は無駄ではない。少しでもこの愚かな宇宙開発というものに打撃でも与えられるのであればな。連邦の馬鹿共がメンツを優先させたばかり に違う形ではあるが我々の代わりに凶悪なBB機雷をわざわざ宇宙にばらまいてくれる」セリナも銃を男に向けた。
「…時間だ、お前たちの負けだ」男の勝ち誇ったような薄ら笑いが漏れるが、そのとき急にコクピットの計器板に赤いランプがいくつも点灯してブザーが激しく 鳴った。
「なんだ?なんだ??何が起こった??」男はうろたえた。
「緊急救難信号を発信した。いくら連邦軍でも救難信号を出した船は狙えないはず」
「ばかな…そんなもの気休めだ。ただの時間稼ぎにしかならんぞ??」
「時間稼ぎで十分、私の仲間がこの船のシステムに侵入して乗っ取る程度にはね」セリナがそう言うのと同時にオートパイロットが勝手に解除されて軌道変更噴 射が始まった。慌てた男は船を操作しようとあちらこちらいじってみるが全然全く操作を受け付けなかった。RDの仕業である。
 セリナはそんな男を尻目に通信機の受話器を取ると何の苦労もなく緊急回線に接続して言った。
「世界連邦宇宙軍に告ぐ、本船セント・インパティエンスは武装解除、投降した。攻撃を中止されたし、繰り返す…」
男は崩れるようにうなだれると座席に身を持たせかけた。

 それから間もなく新田原といおんの二人は支援で出動した惑星警察のパトロール艇に救助された。連邦宇宙軍のミサイル艦の方はテロリストの貨物船に対して 危うく攻撃する一歩手前で踏みとどまった。司令部の命令を履行しなくて済んだ事で艦長はさすがにほっとしたらしい。
 二人を救助したパトロール艇はアプリュジア号とランデブーした後ワルキューレ隊が制圧したテロリストの船に合流、犯人は五人とも逮捕された。
 最初に投下されたBB機雷の一群は通報が速かった事もあり動力プラントは針路修正で難を逃れた。被害は露出している太陽電池パネルの一つに一発命中し、 大穴を開けたぐらいで済んだ。
 ワルキューレ隊のお手柄…ではあるのだが今回いろいろやらかした事柄ではUNIVAC司令部からは少しお小言を貰ってしまった。臨検中に民間船の装備を 無断で いじくった事や不意をつかれて隊長が船からはじき飛ばされた点、そして指揮官不在なままの作戦実行…等々。事態が事態なので厳罰には問わないが…と前置き した上で新田原の上司の入間は裁定を通告した。
「謹慎…ですか?二週間も…」いおん達はてっきりお褒めの言葉がもらえると思っていたので処分というのは意外だった。新田原が隊のメンバーの前で付け加え た。
「結果的には上手く収まったのでその事には感謝してるとは言っていたな」
「えーなんでだよぉ〜オレたちがいなかったら大惨事になってたかもしんないじゃん」あるまが不満を漏らす。ランカも同意見だった。
「規則規則って言うけど結果オーライなんだからさ、固い事言わなくたって」
「そうはいっても、UNIVACは規律で成り立ってる組織だから仕方ない。みんな臨時に休暇が入ったものと思って英気を養ってくれ。目立たん程度にな」
「まぁしょうがないか…」ランカの言葉どおりここは引き下がるしかないようだった。
「あの、隊長」セリナが退室しようとする新田原を呼び止めた。
「申し訳ありませんでした。漂流した隊長を放置してしまって…その…」
「いや、君はよくやってくれたよ。いおんを差し向けてくれたし、ベストな判断だと思うぞ」
「は、はい!ありがとうございます!」セリナはほっとしたような笑みを浮かべた。

 ようやく落ち着いて家に帰れるようになった新田原はUNIVACの建物内の駐車場で車に乗り込んだ。助手席ではいおんが待っていた。
「さてと…」新田原はいおんに向けて言った。
「今日はこれで家に帰るが、明日からどこにいくかな?」
「優伍さん…わたしたち謹慎なんじゃ?」車が走りはじめて外に出た。
「そうなんだが、"自宅で"とは誰も言ってないぞ」
「ええっ?でも…??」
「まぁ建前ってやつだよ。気にすんな、それよか二人で出かけるのは初めてだよなぁ…」
「優伍さんて…やっぱりいい加減なんですね…」
「なんだ?オレの事嫌いになったか?」
「いえ…そんなことないです、全然」そう言うとくすりと笑った。





******



 その男は逃げていた。他の人間からは上手く逃れたと思っていたのに、今彼を追っているのは人間ではない…ルナシティの最下層ブロックに潜り込んで潜伏し ている所をあっさり発見されてしまい、そいつから逃れる為に必死で走った。こうなったら自首してでも保護してもらうしかない…後もう少し…ここのはしごを 上って上に出れば助かる…そう思った。息を切らして昇りきった男の背後にそいつはいつの間にか追い越して立っていた…
「ひっ!ひぃいいい!!!!マ、待ってくれぇ!!お、オレはぁぐわはぁ!!!!!!」
 ぱっとまばゆい光が走って激しい炎が燃えた。さっきまで人間だった燃えるそれを冷たい目で見つめ炎で浮かび上がった美しい顔でにやりと笑った。
「なんだ、やっちまったのか?」小さい影と大きい影がいつの間にか側に来ていた。黒いマントを羽織った少女は二人の方を見ずに言った。
「役立たずは不要だ」冷たい声で言い放った。「明日FOXが地球に移送される」
「殺るのか?」小さい方はまだ少女、それも子供だった。
「いや、奴は使えそうだ」
「わかった」
三人はかき消すようにそこを離れた。



第七話了。(つづく)
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