第六話「ルナトランスポーター発進」


 月の”晴れの海”北西部にある月面都市ルナシティIII。その東ブロックのはずれに宇宙警備保安機構、UNIVACの基地があった。それはルナ シティIIIの宇宙港の北側に面していてその部分はUNIVAC専用の発着場になっていた。そこにいま整備ドックから引き出されている宇宙船が一隻。全長 46m程のクラス分類上は宇宙”艇”と宇宙”船”の中間になる大きさの船だった。それはルナトランスポーターと呼ばれる貨物艇で主に月面と地球軌道上を航 行可能なポピュラーな船だった。
 それはやや旧式ながら改造されていて単なる貨物艇ではなくなっている。外見は昔の地球の高速列車に似ていなくは ないが真空の宇宙でのみ運用されるこの船にとって流線型は必ずしも必要ではない。ただし機能とか強度や視界性能等の点で、また単なるデザインという商業的 な理由で(もちろん機能上の許容範囲内で)たまたまそういう形状になる場合がある。
 この船の船首部分もそういう類の物だ。それ以外の部分、船体 の中央から後部部分においては全く機能的な形状しかしていない。そもそも無骨だが信頼性の高いのが売りの船である。船体中央部はもともと汎用のコンテナを 積み込むためのフレームで構成させている。この船はそこにUNIVACの空間特別機動隊の装備を組み込んだブロックを搭載した上に各部を補強工事されてい るので従来どうり簡単にコンテナを積み替えられる仕様ではなくなっていた。実のところそれでもまだ用途的に補強は不十分なのだがそれでもなんとか空間特 機、メタルガード隊の移動基地として使える状態にはなっていた。

「UNIVAC管制室、SSFS-4010アプリュジア号。航行プランP58962-G7-010425に基づき0850時に出港予定。発進許可を申請す る、オーバー」

 その船アプリュジア号の艇長と副操縦士が出港準備を着々と進めている。二人は人間で機関士に当たるのが船のAIシステムである。チェックの大半はその AIとの確認作業である。
  ブリッジの後方の指揮官シートに収まっているメタルガード、ワルキューレ隊隊長新田原優伍は航行の日程チェックを行いながら見守っている。ブリッジブロッ クのすぐ後ろの区画が住居ブロックでそこには隊のメンバーが五人待機している。チームリーダーのセリナ、ランカ、あるま、そして新たに隊員見習いで加わっ たいおんである。



 UNIVAC司令部からの発進のゴーサインが出ると整備ドックから船体がせり上がって移動レールが連結される。そこから前に移 動して離着床まで来ると停止。すでに主動力を含む機器が作動開始して船内を微弱だが振動が伝わってくる。船体機密、生命維持装置、航法やレーダー、通信関 連、観測機器をはじめとする電子システムすべて正常稼働、月面軌道上での進路クリアを確認、メイン推進剤注入、反動推進サブモーター一番から四番まで垂直 設定…ゴーサイン確定で固定ロック回路すべて解放、主脚ロックが解除されて船体がフリーになると超高圧に加速されたプラズマイオンを吹き出すスラスターロ ケットはやすやすと艇全体を月面に持ち上げた。

「90秒で周回軌道に投入。プラス120程で予定軌道に入ります」コパイが艇長に報告する。
すでに月はずっと小さくなっている。こうして離れてみるとちっぽけな星だ。そうではあっても人間からするとやはり巨大で広大だ。宇宙はもっともっと比較す るのが無意味なぐらい大きい。
 アプリュジア号はこれから地球を大きく周回する軌道に乗る。ワルキューレ隊の訓練とパトロール業務を同時に行うのが目的だ。



「ほら。いおん、動物チョコビスケやるからもっと食えって」ブリッジの隣のブロックにいるワルキューレ隊のメンバーのあるまがいおんにお菓子を勧めてい る。かなり大きめの糧食袋を持ち込んでいるようだ。
「こら。そういう粉が飛び散るもの持ってくるなって言わなかったか?」セリナがたしなめる。
「あ、 大丈夫です。これ半生タイプなので、さっきマニュアルでもチェックしましたけど許可品に入ってましたから」いおんが答える。そうかそれならいいというセリ ナの顔を見てから件のビスケットを口に入れた。この船のメインキャビンは無重力区画だからいろいろ制限があり持ち込める食料もその一つだ。もちろん宇宙開 発の初期などに比べるとずいぶん緩いものではあるのだが。
「林永フェアリーパイもあるぜ〜オレこれ一番好きなんだよなぁ…セリナも食うか?」あるまがセリナに向けて平べったいチョコレートに包まれたマシュマロ入 りの丸いお菓子の梱包を押し出した。空中をくるくる回ってセリナの頭の横に来ると彼女はそつなく片手でキャッチした。
「もらうよ。それにしても子供の遠足じゃないんだから、少しは自重したらどうだ」
「えーだって真空曝露になったら物食べられないじゃん。食べれるうちにエネルギー補充しとくのも仕事のうちなんだろー?」あるまが食べながら反論する。
「それはそうだがPPG(プロテクトパワードギア)からもエネルギー補給されるわけだし」
「知ってるけどーやぱしお腹に入れときたいんだってばさー」
「だよなぁ体の感覚ってのは大事だぜ?合理的じゃないかもしれんが必要な気がするな」ランカがあるまに同意する。彼女はというとビーフジャーキーをポリポ リ齧っている。
「食べるか?美味いぜ、RD?」シートの隅でフェアリーパイをもそもそ口にしているRDにランカはビーフジャーキーを差し出した。
「…アミノ酸系食品はエネルギー変換の効率がよくありませんから遠慮します。」
「ん?そうなのかぁ?美味いんだけどなぁ。これでビールがあれば最高なんだけどね」
「…自由落下状態での炭酸系飲料は危険です。」
「酒はまずいだろ酒は。エネルギー変換効率は抜群にいいかもしれないがなにせ勤務中だからな」
「はぁ… まったくあんたたちは固いねぇ。そんなんならいっそ背中にコンセントでも挿して充電式にでもしたら?どこぞの大昔のアンドロイドみたいにさ?」ランカはそ ういうといおんの方をちらっと見た。彼女はまだいおんの事を認めていない。皮肉まじりの視線を急に向けられてドキッとする。
「…甘味等の刺激は自我構造の安定に寄与します。加えて予備の燃料を体内に蓄積出来るので緊急時に備える為にも有益だといえます。」ランカの皮肉を遮るか のようにRDが答える。
「安定に寄与、ってあんた以上に安定しまくってる奴ぁ見た事ないよ、だいたいあんたはさ…」
「盛り上がってる所悪いがブリーフィングの時間だ。セリナ、補足事項頼む」隊長の新田原が入って来て、一同の真ん中にデッキ内シューズで両足を床に固定し 立った。




 アプリュジア号はそれから半日地球の長周回軌道を航行し、まず船外活動での訓練を行う。
船 のカーゴブロックにはメタルガード用の装備が搭載されていてPPGを各自が装着する為の専用ベッドがある。ベッドといっても金属製フレームで構成された半 個室のようなブースでその中にアンダースーツ姿になったいおんが入った。胸にはナノメタルエンジンのプレートが付けられていて正式な手順でロードする。い おんはプレートに手を合わせて目をつむり呪文のように詠唱した。

「RMS179QRX29cいおん、エネルギー解放許可、承認。ナノメタルエンジン、ロードアップ!」
 プレートから光の粒子が解放されて彼女の体を包んで行く。この特殊な火星生まれのナノマシンは人間より少し能力の高いだけのアンドロイドを非常に強靭な 存在へと変身させるのだ。彼女の体は金色に光り体に力がみなぎってくるのがわかる。光は暖かく心地よかった。
「プロテクトパワードギア、装着開始」これは自動で行われるので単に確認の手順で言っている。
  換装ベッドからまず両足のユニットが上がって来て装着、足にがっちりはまり固定した。それから両腕、腰と背中のユニットが付き、胸の部分が上から降りて来 て前後合わさった。頭にもかぶせるように装着される。頭部ユニットには情報関連のデータのインターフェイスも含まれているので接続させるといろいろな情報 が入って来た。最後に背中に増加装備が合体して完了である。



  増加装備は通常の空間移動用Sスペックと呼ばれる装備だ。細長いパイプ上のプロペラントタンクが左右に二本、姿勢制御バーニアと推進用ロケットモーターが 取り付けられているものだ。換装が完了するとベッドは床に対して垂直に起き上がり背中に繋がっているアームで床面に降ろされた。丁度そこに換装を終えたば かりの四人が待っていた。

「わぁ!かっこいいじゃん。結構可愛いしな、似合ってるぜいおん」あるまが褒める。
「ま、かっこでどうなるってもんじゃないがな」相変わらずランカは評価が厳しい。
 いおんのPPGは赤が基本色になっている。頭部のユニットは何か動物の耳のような形状をしているがあるまのよりはちょっと垂れ耳っぽかった。あるまが猫 ならいおんのは犬と言った感じだろうか。みんなにじっと見られてなんだか恥ずかしい。
「出るぞ、各自エアロックに移動しろ」セリナが命令する。いおんは磁力で床面に固定していたのだが一歩前に出ようとしてバランスがくずれ足を絡ませてしま い、つんのめって空中に漂った
「あぅ〜あわわ……」狭い上に制御に慣れていないバーニアを使う訳にもいかず慌ててしまう。
一回くるっと床面に対し上下逆さまになった状態で側にいたランカがいおんの足を掴んで止めた。
「何やってんだよ!慣性制御もできないのか?ど素人が」ここぞとばかりきつくいう。
「す、 すみません…」あるまに助けられて正位置に戻ったいおんはそれだけいうのがやっとだった。慣性制御のノウハウはデータで取得済みではあったしシュミュレー タではきちんとこなしていたのだがやり方を知っているのと実際にリアルで行うのはずいぶん違いがあった。もちろんそうでなければ実地で訓練する必要なぞな いわけなのだから。
「あんま気にすんなよ、いおん」あるまがなぐさめた。

 エアロックに入ると内扉が閉じて減圧が始まった。いお んはアンドロイドだから必ずしも空気を必要とはしないが直接真空中に晒されるのは不思議な感じだった。もちろんナノメタルエンジンに保護されているから過 酷な宇宙空間でもボディに負担がかかる事はない。鼻と口から残った空気が抜けて行く。声は人工声帯で空気を振動させて出していたので直接声を出す事は出来 なくなった。空気が抜けるとコミュニュケーションが無線に切り替わった。接触通信などの場合にはPPGに付けられている振動ユニットを使用しているがそれ 以外の場合はお互い無線で呼び合う事になる。もっと緊急に即時に伝えたい場合にはメッセージをデータでやり取りする事も出来、複雑な状況説明も一瞬で可能 になる。ただしアンドロイドというものは基本的にはスタンドアローンの存在なので思考や意識を共有しているというわけではなく、あくまでも個々のコミュ ニュケーションの手段なのだった。
 減圧が終了すると外扉が開いて行く。扉の外には…文字通り何も無かった。漆黒の宇宙と瞬かない星が冷たく輝い ていた。いおんは他の四人に続いて外に漂い出た。肌の表面に少しばかりちりちり何かが当たってくる。強烈な紫外線や太陽風等の放射線なのだが地球上でいえ ばちょっと強い日差しに当たった程度といってもいいぐらいだった。右手には青い地球が、艇の斜め後ろにさっきまでいた月が見えていた前方には太陽が情け容 赦ない核融合の巨大なエネルギーをぎらぎらとたぎらせていた。ちょっと眩しいな…といおんは思った。





「ふー。やはりなんかぞっとしねぇな…。ほんとに大丈夫なんだろな?あの娘っ子共は?」
アプリュジア号のブリッジの窓からワルキューレ隊の船外活動を見ている五十がらみの艇長のパトリックは新田原に聞いた。長年宇宙で暮らしている男からすれ ば生身で宇宙に出る事は死以外の意味はないからその発言も当然といえば当然だ。
「あいつらにしてみれば水着で海水浴してるようなもんだ。俺たちみたいにひ弱じゃないからな」
「ひ 弱って…奴らが化け物なだけじゃないか…」新田原の言葉に若い副操縦士がぼそりとつい本音を漏らした。この男は地球生まれでメタルガードと仕事をするのは 初めてなのでアンドロイドに対して偏見を持っているらしい。新田原の睨むような視線に気づくとあわてて顔をそらして計器に向かった。人間という生き物は宇 宙で暮らすにはあまりにもか弱すぎる。空気も水もなければ生きていけないし温度も熱すぎず寒すぎず適温でなければならない。長期間低重力状態が続けば体に 悪影響が出るしちょっと放射線が強ければ生命に関わる。重力加速度に耐えられる限界はあまり高くないしその上精神面での限界もある。科学技術が進んでいる から今いる地球の周りやせいぜい太陽系の中ぐらいならやっていけるかもしれないが…その先に進むには宇宙はあまりにも厳しすぎる世界なのだ。
 新田原はその先に進めるのはおそらく人類を越えた新しい人間なのではないかと思う。ただ多くの人々には"人間"としてのプライドがあるからあまりそれを 認めたくないがその新しい宇宙に適した種族…にもっとも近いのは彼女たちアンドロイドなのではないかと思うのだ。
「艇長、座標N367-007-085軌道面36009から8に移行中の巨大構造物を感知しました」
「あ あ。連邦の産業用動力プラントだな、中古品を民間の企業に売りつけたんで軌道を移動してるって話だ。テロリスト共に狙われるとヤバいんで正確な軌道は連邦 と連邦軍、航天局、惑星警察の上層部とUNIVAC管制課以外には非公開になっとるよ」艇長がコパイの報告に答えて行った。




「あ れ、なんですか?」何度目かの方向変換訓練のレクチャーを受けている途中でそれに気づいたいおんが教官のセリナに聞いた。いおんが指差した先にあるのは円 筒形を二つ繋げたような物体で所々光が見えている。望遠モードで見てみると一定期間で円筒形の中心軸で回っているようだった。距離があるので小さく見える が実際はかなり大きな物らしい
「連邦の動力プラントだ。民間に売却される途中なんだが軌道は一般には非公開になっている」
「かなりおっきいんですか?ここから見えるぐらいだし」
「円筒形のユニット一つは直径1キロ、長さ3.5キロといった所だ。最近の宇宙都市に比べるとそれほどでもないが何せ抱え込んでるエネルギー量が半端じゃ ないからな」セリナが説明する。
「元 は30年ほど前の空間戦闘に備えて作られたビーム砲要塞なんだが結局実戦では使用されなかった。当時は無用の長物といわれたもののその後の宇宙開発ではエ ネルギー工場として活躍したんで全く無駄って訳ではなくなったが、さすがに古くなって払い下げってことになったんだな」
「へぇ…そんなことがあったんですか…」いおんは素直に感心した。
「よし、じゃあもう一本行くぞ、だいぶこつが掴めて来たようだからこれをクリアしたら休憩しよう」セリナはそういうとラジコン制御のボールをいおんに向 かって投げた。

  航天局からUNIVAC管制課に確認の要請が入ったのはそれから3時間後だった。地球長円軌道上で不審な動きをしている船が発見された。航天局によると不 審船自体の軌道には何ら問題はないものの非公開にされている例の移動中の動力プラントの軌道に近いラインを通っていた。気になって船籍を調べてみたがちょ くちょく船主が変わっている。積み荷に関しては問題なさそうなのだがとりあえずUNIVACには臨検を含めた対応を要請しておいた。UNIVACはさっそ く一番近似値な軌道を運行している船をチェックしてみるとアプリュジア号がベストだったので指令を出した。

「不審船だって?」艇長が連絡を受けて 軌道上をチェックする。航行中の船から見てなんらおかしな動きではなかったので気づきようがない。本部の命令ならしょうがないなといった感じで方向の修正 をする。軌道修正噴射が起こって少し船の慣性軸が振れた。いおんはあるまと無重力時のの慣性運動の練習を開いている貨物室の一つで行っていたがいきなりの 軌道変更で壁に当たりそうになった。だいぶうまく動けるようになったのでなんとかぶつからずにはすんではいる。
「なんだろ?軌道変更てスケジュールになかったよな?」あるまがいおんに聞いた。
『ワルキューレ隊、出動準備。軌道上航行中の不審船に対して臨検を行う予定。S装備で待機せよ』
新田原の声で船内アナウンスが響いた。
「えー臨検て惑星警察の仕事だろ?あいつらなにさぼってんの?」実際はUNIVACの仕事でもあるのだがあるまは一応言うだけは言っておこうという感じ だ。
「たぶん、この船が一番近いからだと思うけど…」いおんがあるまの後に続きながら言った。

  アプリュジア号は10分程でランデブーポイントに到着した。問題の船は”セント・インパティエンス”という名前の全長120m程の貨物船でパケット式の開 放型貨物ブロックを4つ持っている。船の外側には大きなマニュピュレータが装備されていた。アプリュジア号はゆっくり接近して行くと相対速度を合わせ 20m程離れて併行状態になった。艇長が国際回線で呼びかけると応答があった。UNIVACの権限で臨検を行う旨伝えるとはじめは渋っていたがどうやら納 得して応じるつもりのようだった。
 今度は新田原が宇宙服を着用してエアロックに立った。セリナが随行員としてサポートするが直接アンドロイドが臨検を行う権限はない。ただし他の四人は待 機していて外から予備的な調査を行う事ぐらいは出来る。
  相手側の船のエアロックが開いて受け入れ態勢が出来た。新田原は船の間の空間を漂って移動し寸分の狂いもなく相手側のエアロックに踊り込む。そのすぐ後を セリナが続く。エアロックには船員が宇宙服で待機していたが気密服をいっさい付けずに飛び込んで来た少女の姿にぎょっとした。がすぐにそれがアンドロイド だとわかると露骨に嫌な顔をした。ただし宇宙服のバイザー越しだったのでそれに気づいた者はいなかったが。



『す まんな、UNIVACの空間特機だ。航天局からの要請で臨検を行う。こちらの指示に従ってくれればすぐに終わるはずだ。問題がなければ、な』宇宙服に付け られたID証を見せて新田原が通達した。エアロックの外扉が閉じられ空気が流入される。気圧が同調すると内扉が開かれ船内へ二人は入った。ちょうどその頃 あるまとランカはアプリュジア号を出て不審船の方へ相手の船橋からは見えない方向から回り込んで貨物ブロックの下あたりまで近づいて来た。いおんとRDは 船で待機。特にRDはデータを各自とやりとりしながら見守っている。
「…航行計画書によりますと貨物船の積み荷は鉄くず類となっています。現時点での積み荷からの放射性物質その他の危険物の反応はありません」RDは二人に 航天局からのデータを伝えた。
「鉄くずねぇ…そんなもん運んで金になるんかな?」ランカが疑問を口にするがこれはそういう用途の船だから特におかしいわけではない。
「うーん、ざっと見た所ノーマルなごく普通の貨物船だよな。改造してる部分とかなさそうだけど?RDはどう思う?」あるまがRDに映像を送って意見を聞 く。
「…特にありません。整備不良を徹底的に洗えば何か出てくるかもしれませんが、それは我々の業務管轄外ですから。」RDが率直な意見を返して来た。
「…あるまさん。そこの部分、貨物室の旋錠が不十分です。場合によっては貨物扉が勝手に開いて中の貨物が放出される危険があります」
「ん?ちゃんと閉まってない?別にいいだろ?そんなのあたしらの責任じゃないし」ランカが適当な事を言う。もちろんそうなると過密な地球圏軌道上に不要で 危険なスペースデブリが大量に発生する事になる。災害を未然に防ぐのはUNIVACの仕事の一つである。
「まぁ まぁいいじゃん。ここは親切にきっちり閉めてやろうぜ。今ここの中の人らは臨検受けて面白くないだろうからな。積み荷を守ってやって案外後で感謝されるか もしんないぜ?」あるまはそういって貨物船の底にある二枚扉の継ぎ目あたりに回り込んだ。そこには手動式にねじ込むタイプのロックが作ってあったが不注意 にも留め金がかかっていない状態になっていた。もちろん電磁式に閉開するロックが別にあるので一応完全に閉まってはいるはずなのだが面倒くさいのか費用を 削っているのか法定通りの手順を省略してしまう事はたまに行われてしまっている。
「よいしょっと…なんだこれ?変に固いぞ??」あるまが押し込もうとするが固くて入りにくい
「なんだ?案外力無いんだな…あるまはお菓子ばっか食ってるから力出ないんじゃないの?」
「いや、そんなはずは…陽に当たって金属が膨張してんじゃないかなぁ?」
「…該当箇所の場合、金属膨張率を計算して作られるはずですから普通に閉じられるはずです。」
「がー!!なんか腹立って来た!!こなくそー!」思いっきり力を入れてねじ込んだらバキン!という勢いでロックがはまり込んだ。なにやら樹脂の破片のよう な物が飛び散ったが氷片か何かがくっついていたのかもしれない。
「おいおい、壊すんじゃないぞ?壊したら請求書はあるまんとこに送るからな」
「えーなんだよそれー?ランカも手伝ってくれよ、ほらそっちのもちゃんと閉まってないじゃん」
あるまが指差した先には同じように貨物室の手動ロックが開いたままほっとらかしになっていた。
「しょうがないなぁ…なんであたしがこんな事…」ぶつぶついいながらランカも閉めに向かった。



 ちょうどその頃臨検を終えた新田原とセリナは貨物船のエアロックに入って外の扉が開くのを待っている所だった。見た所何も問題はなさそうだった。セリナ の意見も問題なしといった所だ
『こういう貨物船にしては妙に船内が片付いていますね。普通はもっと乱雑なのですが』専用回線で隊長に私見を言った。エアロック内が真空になって外扉が開 き始める。
『そういやよく貼ってある裸の女のピンナップだのってのもなかったな。まぁステロタイプな決めつけはダメだが。それにしても』新田原はセリナに言った『連 中、だいぶ君に熱い視線を送っていたじゃないか?ずいぶん人気あるんだな』
『隊 長、こんなときに冗談は止めてくださいね。私がアンドロイドなので反感を買っていただけですから』セリナは最初彼らを下手に刺激しない様に自分もあえて宇 宙服を着た方がいいという提案をしたのだが新田原には却下された。PPGを装備している状態の方が何かあった際、即時に対応出来るというのもあるがそれよ り彼は時折自分がアンドロイドであることに誇りを持てと言っている。たまには人間がうらやましく思う事もあるけれどセリナ自身その事でコンプレックスは 持っていない。ただもっと自分たちの事を認めてほしいとは常々願っている。それだからこそ人々の為にこうして平和な世の中にしようと頑張れるわけでもあっ た。

 新田原がアプリュジア号のエアロックめがけて身を乗り出し、セリナが続く。彼女はエアロックの縁に手をかけて貨物船の底面にいるらしい二人に呼びかけ た。
「ランカ、あるま。引き上げるぞ、そちらで問題がなければ臨検は終了する」
「あーちょっ…ちょっとまった…あと一個閉めれてない…」あるまが妙な返事を返して来た。
「?何をやってるんだ??変な所いじるんじゃないぞ???いいからすぐに船に戻れ」
「だっ てさ!いこいこ。一つぐらい気にしなさんな、あたしらの仕事はここまでだからさ」ランカがうながしたのでやむなくあるまはロックを途中で締め付けるのを置 いて船に戻ろうと移動した。と、ちょうど貨物船のマニュピュレータアームの操作ボックスにいる男とふと目が合った。
 あるまは一瞬愛嬌を出して手を振ろうと思ったが止めた。ヤバい、なんか怒ってるっぽい。
「この罰当たりの機械人形共が!!!うろちょろするんじゃねぇ!!!ぶっ壊してやるわ!!!」
も ちろん当人たちには聞こえなかったが男は血走った目で吐き捨てるように叫ぶとアームを動かしてあるまとランカに襲いかかった。ごついアームがとんでもない 勢いで飛んで来たがそんなものに当たるような彼女たちではない。ひらりとよけるとトランスポーターの方にいったん後退した。
「なんだなんだ?やろうってのかい??そんなへなちょこアームで??」ランカはやる気満々だ。
「まて、ランカ!?」両船の中間位置でセリナはランカを制した。オープン回線で貨物船に呼びかける。
『マニュピュレータを停止させなさい!UNIVACの業務を妨害するのは違法行為に当たります!』
  そんなセリナの呼びかけは火に油を注いだだけだった。アームは再び動き始めて今度はセリナを襲った。セリナはアームを回避したのだがアームの勢いは留まら ずにそのままアプリュジア号の船体にブチ当たった!その勢いでエアロック付近にいた新田原はあっという間に投げ出されてしまった。
船は虚空で横転した。セリナ、ランカ、あるまの三人は難を逃れたものの隊長は飛ばされて船からだんだん離れてしまっている。艇長はバーニアを噴射して船の 回転を止めた。

  いおんはというとずっとエアロックにいて事の顛末を見守っていたのだが、いきなり襲って来た衝撃には驚いたもののすぐ目の前まで来ていたはずの新田原がは じき出されてどこかに飛ばされてしまったのはすぐにわかった。船が姿勢を立て直す途中で小さな点になっている優伍を見つけるとすぐさま飛び出した。スラス ターを吹かしてその方向を目指す。
「おいっ待ていおん!!勝手な行動するな!!」ランカが静止しようとするとセリナが遮った。
「いや、行かせてやれ。現状だと彼女が行くのがベストな選択だ」
「しかしな!セリナ!!」
「…セント・インパティエンス号に動きがあります。」RDが報告して来た。



  貨物船の方も姿勢を元に戻したのだが若干軌道を変更したと思うや貨物室を開きはじめた。アームの激突の衝撃で扉が緩んだのではなく閉開ランプが点滅して明 らかに自分で荷室を開こうとしているのだ。扉が開ききると上下に短い姿勢制御噴射を交互に行った。すると荷室からはからは何かきらきら光るものが霧のよう に漂いはじめた。
「なんだ?あれ?積み荷って鉄くずじゃないのか?」とあるま。
「…あれは…主な成分は鉄です。非常に細かい鉄の球体ではないかと思われます。」
「RD、奴らの推定軌道は?」セリナがRDに聞いた
「…計算中。……判明しました。軌道の延長には移動中の動力プラントが交差しています。」
「あれは、まさか…BB機雷なのか!?」セリナの表情がこわばった。
「BB機雷?あれが?ただの鉄の玉じゃないのか?」ランカはいぶかしんだが事態は深刻な方に明らかに向かっていたのだった。


第六話了(つづく)
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