第五話「新しい友、新しい仲間」人が人の姿を科学で象ろうとして数十年、やがてそれはアンドロイドという新たな存在を生み出すことになった。彼らはやがて単に人間の姿をしてい るにとどまらず人の心をさえ持つかのようにまでなっていった。彼らは素直でまじめで純粋でそして美しかった。人間は新たにパートナーを得たのだと多くの人 々は確信した。そしてさらに数十年の歳月が流れた。 社会の状況は逼迫していった。地球側と宇宙に乗り出して行った勢力が拮抗してかなり 危険な状態になっていたのだ。その事態には様々な要素があったがひとつに絡んでいたのが人工知能に対する扱いだった。人工知能、特に人間とは見分けがつか なくそれでいて基礎能力は人間をすでに超えているアンドロイドや一部のロボットたちが地球にいる人間にとっては脅威と感じられるようになってきたのだ。 片や宇宙側はアンドロイドたちを重宝した。当時既に大規模な宇宙開発が進んでおり慢性的に人手不足だった。人間の技術者を一から養成し必要な経験を積ませ るには多大な時間と費用が必要だった。そうやって生み出した人材も何十年もすれば老化して引退、また一から育てなければならないしあるいは事故や病気、あ るいは思想やら感情的な理由で仕事が続けられなくなる事もあり対効果費用がそれほどよろしくなかった。アンドロイドなら教育も短期間、身体能力も人間以 上、設備や装置類も人間と同じものがそっくりそのまま使用出来る。事故で体が損傷しても部品を交換すればいいだけだし何分にも体が古くなれば新しいものに バージョンアップすればいい。技能や経験がそっくりそのまま継承出来るわけだ。万が一事故で全部を失ってもバックアップがあれば復活さえ可能だった。 宇宙側にしてみればかけがえの無いパートナーとなりつつあったわけだが地球側はそうではなかった。人間を超えつつある存在、永遠の命さえ持ち始めている存 在に少なからぬ恐怖を感じたのだ。ただでさえ地球はなおも人口爆発が続いているのに自分たちの労働を奪い人間としての存在価値さえ危うくしかねない人間の 紛い物…は我慢ならない存在になりつつあった。 地球と宇宙との確執はついに武力での衝突に至ってしまった。三度の空間戦闘の末に和平交渉が行われ停戦。戦闘の規模自体はそれほど大きくはならずに済ん だものの互いに対しての溝を深めてしまう事になったのだった。 停戦後、AI法と呼ばれる条約が締結された。主に人工知能に対する物で特にアンドロイドは当時第三世代に達し人間の能力を凌駕していた。完全に自律行動で き自我を持ち意識や感情すら備えた存在になっていた(保守的な思想層には否定する者もいたが)。その第三世代に対する制限を課す物となっていたのだ。地球 側との共同開発で"第四世代"と呼ばれるものに"バージョンアップ"されることになった。が、実際は自我をあまり持たない人間の命令をただ単純に聞くだけ の機械人形を生み出しているだけだったのだった。そのようなわけでアンドロイドの発達は停滞してしまった。ごく一部の地域を除いて… そ して21世紀末、人類は太陽系をほぼ手中に収め月や火星や小惑星帯、そして木星にまで恒久的な都市や基地を建設し高度な科学文明を謳歌していた。だがそれ は同時に脆いものでもあった。過酷な宇宙の環境にあって時には絶望的といえる状況が発生したり人類自体の奢りの為に災害や事故が多発していた。それに加え 複雑な社会状況のために不満を持つ分子が時に破壊的な事件を起こしていたのだ。 そんな状況にあって立ち上がった者たちがいた。星間救助隊を名乗 る私設の秘密組織だった。彼らの活躍は目覚ましい物だったが事態の大きさに対処するには限界があった。そして後にイカルス事件と呼ばれる事件が発生する。 災害に立ち向かう無名の有志たちに恨みを持つ輩…テロ災害を阻止し被害を最小限に度々とどめたが故に反感を買ってしまったのだ。テロリストたちは結束して 彼らを潰そうとしある程度までそれに成功してしまう。追いつめられて絶体絶命の彼らだったがそこに駆けつけたのはかつて彼らに命を助けられた人々だった。 理念や政治上での立場こそ違ってはいたがいままで受けた恩を忘れはしなかったのだった。彼らを救うためにたった一度ではあったが人々は人類は一致して行動 したのである。 かくしてその事件を通して人類は新たな世紀を迎えるにあたって新たな組織を結成させる必要があることに思い至った。宇宙の平和と 安全を守る組織、理念や民族や政治上のしがらみに囚われない全く新しいシステムが必要だった。理想にはまだまだほど遠いかもしれないがそれはなんとか誕生 した。 UNIVACーUNIversul Vigilanty Aunth Clilms、宇宙警備保安機構の略称である。 「スターエンジェルス…ですか?」いおんは初めて聞く言葉だった。いやどこかで聞いたかもしれない。ニュースだったか何からしいのだが。 「それが彼らのコードネームでな、宇宙船にもそれぞれ1号2号とか付けてたらしい」 「どんな人たちなんでしょう?一度会ってみたいものですね」いおんは誰もが思う疑問を口にした。 「一説によればみんな年端も行かない少女ばかりだと言う意見もあるが信頼性がどうもな」 「い やわっかんねーぞ、オレたちみたいなアンドロイドならありえるぜ。ってゆーかそうじゃないかってオレは確信してるんだけどなぁ」セリナの教授に割って入っ たのは薄いオレンジ色の髪に紫の目をした十代半ばぐらいの少女だ。少しつり目に八重歯がのぞく口元としなやかな体つきはどこかやんちゃな子猫を思わさずに はいられない。えっと…この人はあるまさん…だっけ、いおんは確認する。 「あるま、今レクチャーしてるのは私だぞ。それに推測で物を断定するのはあまりよくない傾向だ」セリナが行儀の悪い部下を叱った。が、あるまはあまりこた えていない様子だ。 「だってそんな超人的な活躍出来るわけないじゃん、しかもただの人間の女の子にさ」 「わからんぞ。宇宙で生まれ育った世代には歳若くても訓練されたエリートの大人でさえ舌を巻くような能力を発揮する者たちがいる。あるいはそういう集団な のかもしれん」 星間救助隊スターエンジェルス。この時代この名前を知らない人はいないらしい。私設の救助組織で様々な装備を使って危機的な災害に駆けつけて救助活動を行 う伝説のグループだ。伝説というのは例のイカルス事件の後はあまり姿を現していないからだ。もっとも最近はUNIVACが結成されてその活動が軌道に乗り はじめているからともいえるのだが。 実はここはその UNIVACの施設の一つである。教育用に当てられている建物にいおんは来ている。空間特別機動隊メタルガード、ワルキューレ隊のチームリーダー・セリナ の誘いに応じていおんは来たのだ。とはいえ即メタルガードに入隊というわけではなくまずは適正を見ようという事でありその第一段階として、UNIVACそ のものに対して正しい認識を持ってもらわなくてはならない。単なる知識であればデータとして渡してしまえばアンドロイドなら短期間で取得可能だ。がそれだ けでは不十分とセリナは考えていた。こうしてディスカッションする事で本音を引き出そうと思っていたのだ。UNIVACの結成に関してスターエンジェルス の存在は無視出来ないものであったから話題に出るのは当然でもあった。そしてもう一つ、UNIVACの数ある実動部隊の中でも特に空間特機隊の任務はス ターエンジェルスの活動に近い物とされているのだ。そういう面ではまだまだ装備が不十分な面もあるがとりあえず志は継いでいきたいとセリナは思っている。 「とにかくスターエンジェルスとメタルガード、この二つの最大の違いは対テロ組織への対応の点だ。民間の私設組織ではテロ災害へのレスキュー活動に犯行グ ループからの反感を持たれてしまう危険がある。その点UNIVACは公的組織だから憎まれていくらと言えないこともない」 「そりゃわかるけどさ、だったらせめて宇宙船ぐらいちゃんとしたのがほしいよなぁ…うちのなんて使い古しのルナトランスポーターだぜ?貨物船というか汎用 トラックみたいなもんじゃん」 あるまが愚痴る。実際スターエンジェルスが使っている超高性能船とは比べ物にならなかった。 「その点は仕方ない。UNIVACはまだ結成されて間もないからとりあえず最低限の活動ができる装備からはじめて徐々に充実させていくしかない。今現在専 用宇宙船の建造が検討されているしな」 「検討でしょ?官僚のやる事なんて無駄ばっかで時間かかるばっかじゃん。いつになるやら〜」 「そういう旧態依然なシステムも含めて新しい組織を改革編成しようとしているんだ。あるま、ちょっと黙っててくれないか?話が脱線して困る」セリナはある まに釘を刺した。 「その代わりと言っては何だが、私たちの最大の武器はこの体だ。ナノメタルエンジンとプロテクトパワードギア、これはメタルガード隊だけが持っている最新 の装備だ」 「うふそしてもちろん美しい女の武器も装備しておりま〜す♪」あ るまが両手の指を胸の辺りで組んでわざとらしく潤んだ眼差しでいおんに流し目を送った。セリナはそれを無視する。 とはいえあるまの言う事もあながち嘘ではない。アンドロイドといえば若い美女や美少女の姿をしているのが大半で9割が女性型といっていい。そのため本来 の語源とは別に女性型でも”アンドロイド”と呼ぶのがごく普通になってから相当な年月が経っている。 「そのプロテクトパワードギア、PPGだがサイズが丁度会う奴があってな。後で空間装備部にいって体に合うよう調整しておいてくれ」セリナはいおんに言っ た。 ”いおん”タイプというのはかつて大量に派生機も含め生産されたためにその体のサイズが一つのクラスの標準規格型にまでなっている。小柄ないおん本人に 合うサイズの物があっても別に偶然という訳ではないのだ。 「…ランカさんが来ました。」テーブルの片隅でずっと黙ったまま座っているだけだったRDがぼそりと言った。ともすれば存在を忘れてしまいそうになるほど おとなしい。彼女も美しい少女の姿をしているのだがほとんど感情を表そうとしないのでまるで生きた人形のようだった。ここに来て初めて彼女を見た時いおん は前に一度会ったような気がしていた。それはあのセントラルタワーで呼びかけて来た、あの力強くて暖かい”声”だった。間違いない、とは思うのだけれど今 目の前にいる彼女とは全く別人のようにも思える。 「なぁまだやってんの?レクチャーなんざちゃっちゃと終わらせて訓練しようぜ、く・ん・れ・ん」ドアが開いてアンダースーツ姿のランカが講義室に入って来 た。彼女は他のメンバーと違い背が高くグラマラスなボディの持ち主だった。 「遅刻だぞランカ。0900にここに全員来るように言っておいたはずだが?」 「わりいわりぃ、ちょっと寝坊しちまってなぁ…そいつかい?セリナがスカウトしたっての?」 ランカはいおんの方を品定めするようにじっと見据えた。 「ふーん、あんま強そうには見えないけどな。で、使えそうかセリナ?」本人の目の前で聞いた。 「こないだの事件で三人助けたんだぜ。十分じゃん」あるまが擁護する。 「人間相手だろ?それぐらい普通だよ普通」ランカは乱暴気味に切り捨てた。 「そうはいうがなそのうちの一人は犯人の一人だったんだ。ランカが同じ立場だったら切り捨ててたんじゃないか?」セリナが反論する。 「当然じゃないか、甘っちょろいんだよ。そんなのボディがいくつあっても足らなくなるぞ?」 いおんは優伍にも同じ事を言われたからちょっと居心地が悪くなった。返す言葉もない。 「甘くていい。それぐらいがちょうどいいんじゃないかと思うんだ」セリナが言った。 「みんなも聞いてくれ、私たちは軍隊組織の兵隊でもないしただ命令に従うだけのの冷たい機械でもない。体は機械でも人と同じ心を持った存在でありたいん だ」 「まぁセリナの理想もわかんないわけじゃないんだけどな。時には現実との擦り合わせも必要だってことさ」そう言ってランカはいおんを睨みつけた。 トレーニング用のスーツを着ていおんはその部屋の中央に立った。まわりは何もなくスーツの背中の部分のハーネスにコードが接続されアームにがっちり捕ま えられて足が浮くぐらいに持ち上げられた。ヘルメットのバイザーが自動的に降りて機器が作動すると電脳と直結したプログラムが起動し始める。ロードが終わ ると見ている世界が一変した。ここは巨大な構造物の中で複雑に通路が入り組んでいる。いおんはすでに緊急時行動のマニュアルをデータインストールされてい るので何をしてはいけないのか何をするべきなのか理屈ではわかっていた。この仮想空間でそれに従って行動すればいいだけである。手には3Dマップが本物と 同じ感覚で握られている。このマップで指示されているルートに従って目標点まで行って帰ってくる事が課題だった。 足を蹴りだすとまるで無重力状態そのものの動きと感覚があった。既に慣性運動のプログラムは履修済みだ。いおんは最初は戸惑ったが慣れてくると動けるよ うになって来た。前に進む右に曲がる。止まる。左に下に上に…時折丸い警備ロボットの様な奴が出てくるが気づかれないように隠れてやり過ごす。パスワード 付きの扉をこじ開けて中に入る。 そこに置いてあった銀色の板に触れるとそれがしゅっと縮まって液体金属の様になり腕に絡まってそのまま銀色のリングになった。しっかりついているのを確認 しながら踵を返して部屋の外に出ようとすると、通路になにやら全身黒い装甲に包まれたグラマラスな女性型のロボットらしい物が立っていた。え?こんなの出 てくるの?と思う間もなくそいつが差し出した右手がガシャシャ!と横に三分割してガトリングガンに変形するといおんめがけて火を噴いた。 いおんは必死に最初の一撃をなんとか回避してその場を逃げ出した。腰には電子銃があって反撃は可能だったがよけるのが精一杯でそれもだんだん余裕がなく なって来た… 逃げても逃げても追ってくる。「警備ロボット」が出て来て黒いそいつの前にくるやいなやロボットをガトリングの餌食にした。どうやらここの警備システムと いう設定でもなさそうだった。いおんはなんとか逃げて最初にいた空間に帰って来た。ここでミッション終了なはずなのだが黒いそいつはおかまいなしに迫って 来た。プログラムを終了させる赤いボタンに手を掛けようとした瞬間、そいつの左手からワイヤーが発射されてあっという間に絡めとられてしまった。身動きが 取れなくなった所にあの凶悪なガトリングガンが火を噴いた。 プログラム終了、YOU LOST…………………… 気がつくとうなだれたいおんの前にあのグラマラスなロボットのような奴がいたのでドキリとした。が目の前のそいつのスーツは黒ではなくて白、というか自 分と同じ訓練用のスーツだった。 バイザーが上がってややきつめの緑の目が現れた。ランカだった。 「なんだ、やっぱりたいしたことないじゃないか。こんなテレビゲーム程度のシミュレータでミスってたんじゃ使いもんにならねぇぞ」ランカは訓練室のドアを 開けて入って来たセリナたちにも聞こえるようにいった。あるまとRDがいおんに駆け寄って来て背中のハーネスをはずそうとしている。ランカは片手を銃の様 に構えるとにやりと笑い、いおんの額の当たりに当てて「ばん!」と一言言った。いおんはさっきの事を思い出してびくっとしてしまった。 「ま、悪い事言わないからさ。家に帰ってメイドさんでもしてればいいんじゃない?その方があんたのマスター、つまり隊長さんも安心だろうしこっちも足も 引っ張られなくて済むし、うちの隊にとっていいことずくめじゃん」ランカが得意そうに言った。セリナは渋い顔をしている。 「ランカ…お前」セリナが制しようとした時いおんがうなだれたまま言った。 「すみません。セリナさん…今日はもう帰ってもいいですか?」 「ああ、いいよ。帰んな。もうここにゃこなくていいからな」 「ランカ!おまえは」あるまが言いかけるのをキッとランカが睨みながら手のひらで制した。 「でも別にあたしは鬼じゃないからね、隊長さんにお弁当届ける為ぐらいならきてもいいぜ」 「……」いおんは何も言わずにその部屋を出た。 「仮想敵を一人二人置くのはうちの隊の通常の訓練プログラムだよな?違うか?」いおんがいなくなってからセリナに向けてランカが言った。 「それはそうだが彼女ははじめてなのにいきなりするのはやり過ぎって物だぞ?」 「ふん。あいつ甘すぎるんだよ、なんで全然反撃しないんだ。最後に一発、当たらなくても牽制で撃ちゃ間に合ったじゃねぇか?そこが気に入らないんだよ。 ま、コレで懲りてもうここにはこないだろうけどさ」そういうとランカも部屋を出た。 「あるま。いおんを追っかけてこの通信デバイスを渡してくれ。仮ID証にもなっているからな」 「セリナ、それじゃ…」 「いいから、早く追っかけるんだ。駆け足!」 「了解っ!」それを受け取るとあるまは駆け出した。 「おーーい、いおん〜待てよォ〜〜」あるまはUNIVACの正面玄関を丁度出る所のいおんに追いついた。彼女はまだがっくりしている様子だった。 「あるま…さん」立ち止まって振り向いた。表情も浮かない感じだ。 「あるまでいいよ、あるまで」そういってにっこり笑いかける。 「はい…」 「ランカの言う事気にすんなよ?あいつ闘う事しか知らない戦闘バカだから。デリカシーなさすぎだし。それにいきなしあんなのクリアすんの無理だって、けど その割にはがんばってたなぁ」 「あのわたし…やっぱり向いてないかも」 「ああ、あああ。あのなぁ…メタルガードはアンドロイド部隊なんだけどさ、いろんな奴がいるんだよ。」あるまはいおんの前に出て説明し始める。 「ワルキューレの他にもいくつか小隊があるんだが隊によってメンバーの方針が違っているんだ。ある所はなんでもかんでも完璧にこなす人材ばかりを5人ばか し集めたりしている」 「うちの場合はというとみんなどいつも個性的だろ?違う分野の専門タイプを集めているんだ。これは隊長さんとセリナの方針だ」いおんはだまってあるまの話 を聞いている。 「うちの隊で足りないのは救護を行うメンバーだ。これは強いばかりじゃダメだそうだ。あいにくオレもがさつな方であんまし向いてないって言われた。思うけ どあんたなら適任じゃないかって気がするんだよな。もちろん救命活動や緊急医療の知識はいるけどそんなのデータインスコすりゃいいだけだしな。たぶんセリ ナも同じ考えだろう」 「でも…ランカさんは向いてないって…」 「そこなんだよな。普段はセリナを120%信用してるっていつも言ってんのに今回に限って…まぁそりの合わない奴ってアンドロイドでもたまにいるのかも知 んないけどな…何が気に入らないんだか…」話が悪い方に流れそうになるのに気づいてあるまはあわてて用件の物を取り出した。 「これ、持っててくれってセリナが」あるまは薄い二つ折りのデバイスを差し出した。専用の通信回線と仮身分証になっているとの事だ。いおんはおとなしく受 け取った。ランカの言うように優伍にお弁当届ける時ぐらい使えるだろうなと思った。 「じゃな!また来いよ?オレもRDもみんな待ってるからな!?」いおんはUNIVACを後にした。 いおんはどこをどう帰ったのか気がつくと自分の家があるブロックのあの白い猫、ワッフルとはじめて会ったバラがたくさん咲いている公園に来ていた。ワッフ ルはあれ以来家に居着いている。はじめの頃は優伍の前では本物の猫のふりをしていたから「まーおまえが飼いたいんならいいよ」と一方的に勘違いして即許可 が出てしまった。後でロボットだと知ってちょっぴりがっかりしていたみたいなのだが。それはともかくワッフルにセレーネの事ナノメタルエンジンの事を聞き 出そうと思っていたが結局いろいろはぐらかされてしまっていた。セレーネについて優伍にも聞いてみた所、よくはわからないのだがと前置きしてどうやらこ のルナシティIIIを統括して守っているコンピュータシステムだか人工知能の一種だかでそれを管理している団体の事らしいとかで要するにここの月面都市に とっての守り神みたいなものなんだそうだ。セレーネの実体はともかくどうして自分なのかいおんにはわからなかった。優伍の家に来たのもセレーネの意思なの だろうか?ただ自分はあの人の事は嫌いではない。むしろもっとよく知りたいと思っている。セリナの誘いに応じたのはそんな理由がなかったわけではないが… 「また会ったわね、”いおん”ちゃん」ベンチに腰掛けてあれこれ考えていると声をかけて来た。 栗色の髪をお下げにして黒いベレー帽をかぶっている。確かジェシィという名前の少女だ。 「あ、あのなんで私の名前を…」 「え?”いおん”タイプだからいおんちゃんて呼んだけど…ひょっとしてそのまんま名前なの?」 「はい」いおんはうなずいた。 「えー?あなたのマスターって結構適当なんじゃないー?」連れのもうひとりの金髪の女の子が呆れていった。こっちはアリスさんだっけ… 「えと…昔の事ですので…前のマスターはずいぶん昔に亡くなったから。適当って言うとそういう性格だったような気がしますけど…」 「あ、そなの?ごめんなさい」アリスは素直に謝った。 「いえ、気にしてませんから」いおんはくすりと笑った。 「やっと笑ったね。なんか浮かない顔してるからどうしたのかな?と思ってね。ご主人様にでも叱られたの?あ、私はジェシィ、ジェシィ・アンダーソンね。 こっちは妹のアリス」 「蒼間いおんです、よろしく」ジェシィはいおんの隣に座った。 「蒼間さん?どっかで聞いたような気もするけど…今のマスターの?」 「あ、いえ。蒼間は前の…初めてのマスターの名字です。ボディはすっかり別物だし昔の記憶もだいぶ飛んでしまったのでこの名前だけが私の最初からの大切な 持ち物なんです」 「そーなんだ。いおんちゃんもだいぶ苦労してきたんだねー」アリスが大人ぶった口調で言う。 「いおんちゃん、一緒に食べない?お昼にしようと思ってここに来たんだけど」ジェシィは持っていたバスケットをベンチにおいて開いた。中にはサンドイッチ や飲み物が入っている。 「あ、いえ……」断ろうと思ったがジェシィはカツサンドを取るといおんに渡した。いおんを挟んで向かい隣にアリスが座る。ポットからコーヒーをカップに注 いでいおんのもう片方の手に渡す。いい香りが漂ってくる。そういえばいつの間にかお腹が空いているようだった。 「いただきまーす。…あれ?食べないの?」アリスがツナサンドをほおばりながら覗き込む。 「あ、ひょっとしてアンドロイド用の合成食品しか食べられないの?だったらごめんね??」 「い、いえ…そうじゃないです……いただきます…」いおんはサンドイッチの端を少しかじった。おいしい……もう一口頬張った…自然の食べ物ってこんなにお いしかったんだなぁ…でもそれだけじゃないみたい。こうして自分の事を見守ってくれている人が側に二人もいる…前にもこんな事があったような気がする。そ うだ、思い出した…急に懐かしい感情がこみ上げて来ていおんの目からぽろぽろ涙が出て来た。 「あ、ごめんなさい!マスタード付けすぎたかな?」ジェシィが心配して顔をうかがってきた。 「んもぉ、ジェシィったらドジッ娘〜」いいながらアリスはいおんにハンカチを差し出した。 「いえ…おいしいです…ありがとう、アリスさん」いおんは涙を拭った。 「私 には大切な友達がいたんです。二人は初めての人間の友達で私にとても優しくしてくれました。それから三人はずっと無二の親友で一緒にいるだけで幸せだっ た…でも時の流れはそんな大事な人たちを奪ってしまったんです…それは仕方ないんです、だけど…」いおんは空を見上げた。人工の空だがきれいな青空だっ た。目の前では赤や黄色の様々なバラの花が風で揺れている。 「今のこの時代に生まれ変わって自分は何をしたらいいんだろうって、戸惑っている時に一人の小さな女の子に出会ったんです」いおんはマリーの事を話した。 マリーは祖母と一緒に先日無事に地球へと帰って行った。別れの時に抱きしめてくれた小さな手の温もりが忘れられない。 「あの子のように純粋で優しい心を持っている人たちの為に何かできるんじゃないかって。そう思ったんだけど…ダメですね。自分にはどうやらそういう才能っ てないみたいです」 「才能かぁ…」アリスが食後のコーヒーを飲み干しながらつぶやいた。 「まぁでも、やってみなくちゃわかんないじゃない。何事もね」ジェシィはリンゴを取り出してナイフで剥くと六等分して2つずつ分けた。 「やってみてダメならダメでいいじゃない。その方がきっぱりあきらめも付くしね」 「まーた無責任な事言ってる、人事だと思って」アリスがリンゴをかじりながら突っ込む。 「まぁぶっちゃけた事言うとね、私たち人間は失敗してもあんまし潰しが聞かないのよね。時々アンドロイドさんたちがうらやましくなるわ」そういうとにっこ り笑った。 いおんはその笑顔を見て優しい気持ちになった。思い切って頼んでみる。 「あのジェシィさん、アリスさん。お願いがあります」 「なぁに?」 「私と友達になってくれませんか?」二人は顔を見合わせた。 「んーそれは無理」ジェシィがきっぱりと言った。 「…そうですか」 「んふ。だってもう私たちお友達でしょ?二回も三回もなるのはおかしいじゃない」 「えっそれじゃあ?」 「よろしくね、いおんちゃん」ジェシィは手を差し出した。いおんはその手のひらを握りしめた 「あーずるいーわたしもー」アリスも手を重ねて来た。 風が心地よかった。人の手で作られた空間ではあるが光と熱に照らされて内部で対流が起きているから風は偽物なんかじゃなかった。いおんはなんだかやる気 がわいてくるのを感じていた。 ******
翌日、ランカの予想に反していおんがUNIVACにやってきた。 「お願いします、もう一度挑戦させてください」セリナに頼み込んだ。今日は隊長の優伍もいるので今回失敗して彼がダメだというのならあきらめるつもりだっ た。 「しょうがないな、あたしもつきあってやるよ」ランカが相手を買って出た。 「いいのか?」セリナの一存で止めさせる事もできたがいおんに聞いてみた。 「構いません、お願いします」いおんはぺこりとランカに頭を下げた。 「ふん。あたしは隊長のメイドロボだからって手加減しないよ。それに勝ちたかったら…」 ランカは続けた。「あたしを撃ち殺すつもりで来な、でないと無理だぞ」いおんに指を突きつけた。 「私は…ランカさんを撃つ理由がありませんから」シミュレータの装備を身につけながら言った。 「その甘い所が命取りだっていってんだろ」相変わらず平行線なままだった。 「よしはじめろ」制御室から新田原が指示した。セリナたちも一緒に見守る。 プログラムがスタートして光景が一変する。この間とはいろいろ設定が違っているものの基本的には同じ事をすればいい。違うのはランカが仮想敵になってど こからか襲いかかってくるのがわかっている事だ。マップに従って進路を進む…手順通りパスワード解読、ロック解除して目的の部屋に入ってリングを装着して 外に出る。今度は慎重に外を伺って出た。ランカは?…いない。 2ブロックほど通過するといきなり後ろで爆発が起こった。爆煙を破って飛び出して来たのは例の黒い奴。ガトリングをばらまいていおんに向かってくる。スラ スターを噴かせて右に左に弾道を回避しながら必死に逃げた。ランカも追ってくる。もうすぐゴールの部屋だ、と突然また爆発が起こる。熱い風が肌を焦がすよ うな感覚が来ている。仮想空間の現象とはいえ本物と寸分違わない。いおんはそのまま部屋に突っ込んだ。壁に取り付いて終了の為の赤いボタンを探す、あっ た。反対側の壁だ。いおんはジャンプしてボタンを押そうと身構えるもそこにランカが突入して来てワイヤーを発射した。いおんはとっさに腰の電子銃を引き抜 いて握りしめそのままランカに向けて…………投げた。 「な・に!?」ワイヤーは銃に絡まって跳ね返って来た。このままでは自分の方が絡めとられてしまう。ランカはやむなく回避しながら銃の絡んだ方向に弾を撃 ち込んだ。 ブーッ!ブーッ!ブーッ! ブザーが鳴った。 『ミッションコンプリート。プログラム終了します』 アナウンスが流れるともとの訓練室の光景に戻っていた。ランカがひるんだ隙にいおんが終了のボタンを押したのだった。他のみんなが入って来た。ランカは まだ唖然として立っていた。 「終了だ。いおんの勝ちだな」セリナが言った。あるまはいおんの装備を外すのを手伝っている 「やったな!いおん。ランカだってこれで認め…」 「認めないよ、あたしは」ランカはヘルメットを脱いで後ろを向いたままで言った。 「だけどセリナがいいって言うんなら仕方ない、仕方ないが後でつらくなって泣くんじゃないぞ?」 「は、はい!ありがとうございます!ランカさん!」 「べつにあたしはお前の事認めた訳じゃないからな!勝手にしろって言ってるだけだ」 そういうと振り向かず部屋を出た。 「よし。今日から君は私たちの仲間だ。しばらくは見習い扱いになるがワルキューレ隊の5番目のメンバーとしてがんばってくれ」セリナがいおんの肩に手を乗 せて言った。 「仲間…ですか」まだ一人気になる人物がいたのだけれどもいおんはその言葉をかみしめた。 第5話了(つづく) |
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