第四話「ナノメタルエンジンロードアップ」



「待ってください」いおんが言った。
「お願いします、マリーちゃんだけは助けてください。あの子はまだ幼いんです」
額に銃口を押し付けられたまま、まばたきもせずに男の顔を見て言った。
「それなら心配ない。なぜならばそれは君とは何の関係も無いからだ」冷たい声で切り捨てた。
「そうですか…」そういうと目を閉じた。
いおんはさっき思い出したその言葉を呪文のように小声で唱える。
「ナノ…メタル…エンジン…」
左手の「それ」をぎゅっと握りしめる。
「ロード・アップ!」目を開いて叫ぶ。
男は引き金を引いた。


  突然まばゆいばかりの金色の光がほとばしった。それは少女の左手から出て全身を覆い隠すように広がった。何が起こったのか、光は展望室いっぱいに広がっ た。男の撃った凶悪な弾丸はアンドロイドの少女の額に確実に当たった。当たったのだがまるで鋼鉄の板にぶち当てたかのように跳弾した。それが何発も打ち出 されたのであらぬ方向に跳ね回った。一発は監視カメラに当たって破壊したため内部の画像が切れた。二発はガラス窓に当たってひびを入れ他の一発は壁に当 たって配電盤をショートさせさらにもう一発はマリーを捕まえていた男の肩を貫通した。弾が当たった衝撃と痛みと強い光で目が眩んだ男は高周波ナイフを取り 落とし、マリーを手から離してのたうちまくった。マリーは恐さのあまりさっきから目をつぶっていたので何が起こったのかさっぱりわからなかったがそっと目 を開けるといつの間にか床にころがっていて自由になっていた。
「あいたたた……」
 いおんが前髪を上げておでこをさすっていた。少し赤くなっている。目には少し涙が浮かんでいる。痛いのは痛いがさっきと違いどこかにおでこをぶつけたか のようだ。
いおんの体からはかすかに金色の光のようなものが漂っている。
いおんを撃った男はまだ目がよく見えないもののサングラスを掛けていたせいもあり銃口をいおんに向けたまま立っていた。いおんは立ち上がって男の前に立っ た。その間マリーは勇気を出して立ち上がると祖母の元に駆け寄っていた。エレベータの扉のすぐ前だ。



「おばぁちゃん!」祖母にしがみつく。
「あああっ……マリィ!マリー………」孫娘の無事を確かめた。
「そんなものわたしにはもう通用しませんよ」あんまり自信は無かったがさっきの様子では多分大丈夫だ。体の中に新しい力がみなぎっているのがわかる。はっ たりも少し含めて言う。
「当たって痛いのは我慢しなきゃだめですけどね」銃弾をはじき返せる程防御力も高まっていた。
「糞オーーーッ何してやがるぅ!!そいつら全部ぶちころせよぉぉお!!」もう一人の男がのたうちまくりながら叫んでいる。銃を手にした方の男はいおんから 銃口を降ろした。
「どんな魔法を使ったのかは知らないが私は君を見くびっていたようだ。しかたない、これを使うしか無いようだ」もう片手に握ったスイッチのようなものを押 した。
 床に置いた彼らが言う爆弾のスーツケースの中に納まっている機械が作動してちかちか光り出した。
「後3分だ。さてどうするね?」


「突入準備、RDはここにいてデータを送ってくれ。ランカ、あるまは私と一緒に上がるぞ」
 セリナが命令を出す。そこに隊長の新田原から通信が来た。
『セリナ、ランカをそこに残してくれ。Bスペック装備を展開しそのまま待機だ』
「はぁ?なんで?あたしも行った方がいいでしょが?」ランカは不満そうだ。
「了解、命令を変更します。突入班はセリナとあるま、ランカは敵の攻撃に待機します」
「攻撃だって??」セリナの命令変更の真意を問いただそうと隊長に尋ねようとすると
「…上」RDがタワーの上部を見て言った。「…ナノメタルエンジンがこの上で作動してます」
「え?」一同が展望台の方を見上げた。
「時間がない、各自状況説明は行動しながら。いくぞあるま!」セリナが飛び上がった。
「おっけー、ここはまかせたぜ!」あるまがスラスターを噴射し後を追う。
ラ ンカは背中にしょっている装備を外しテキパキ組み立て始め瞬く間にバスターライフルを用意した。RDはセンサーで周りを監視し、UNIVAC司令部や新田 原隊長からのデータに注意を払っている。「それ」を認識してランカに報告した。「…来ました。3時の方向距離9000」
「こいつか〜セリナはおいしいとこまわしてくれたな、やってやるよ!」ランカは狙いを付ける。




「テロ行為って奴は」UNIVAC司令部の入間主任はいつものように腕を組んで言った。
「それをして一番得するやつが起こすんだ。それで計画するやつと実行するやつの考えってのがバラバラでも目的が達成されれば別に構わんわけだ」
  展望台の人質事件はおそらく囮だ。むしろ衆目をひきつけ別グループが攻撃をかける。連中の装備はたいてい旧式なので隕石衝突に耐えられる月面都市そのもの にはたいしてダメージは与えられない。だがセントラルタワーを倒せば構造上この部分が弱い為に月面都市にもダメージが発生するだろう。そうなると目の前で テロリストにまんまとしてやられたUNIVACの信用は地に落ちる。これは入間の想像だが世界連邦の中だかどこだか知らないがUNIVACに名目上は協力 している勢力が事件を理由に自分たちの権限を強化し自分たちの都合のいいように意見をねじこめるようにしたいのではないだろうか?UNIVACはまだ生ま れてまもない組織だ。長期的にみ見て旧態依然とした根の腐った勢力の影響はできるだけ排除しておきたい。そうであればなおさら今、ここで負けるわけにはい かないと思った。
 ルナシティIIIの宇宙港の飛行禁止令は一部解除された。惑星警察とUNIVACの許可された艦艇が発進可能になっている。緊急発進をかけ目の前の事態 に対応しようと必死になっているが間に合いそうも無い。
「主任!」副官のエドワードが不安をあらわにする。
「いまはやつらにまかせろ、それしかあるまい」モニターに映された武装小惑星工作船はみるみる間にセントラルタワーに向かっていた。

「…距離6000、ミサイル、6発来ます。」RDがあくまでも無感情に冷静に報告してくる。
「来たーっ!!!!落とす!全部落とす!!!!」RDの情報とリンクして様相とは逆に正確に狙いをつけランカの経験と勘を含めながらレーザーライフルの引 き金を引いた。
1発、2発3発、4発…5発………と次々に撃ち落とし残った6発目がすぐ目の前に迫る。
「ざけんな!!!!!アタレーーー!!!!」
ランカの叫びとともにミサイルが炸裂し、まばゆい光をはなつ。
ぎりぎりなんとか命中し真空の中では爆風こそ届かないがかなり近くで爆発した。
破片がまき散らされいくつかはタワーの構造物に衝突したが被害はたいした事無い。
「…あれが核だったらみんなやられてました」ぼそりとRDが感想を述べる。
「あいたたた…ったく、ちったあ褒めてくれたっていいだろが?」
「…相変わらず行き当たりばったりですね」
「だーっ!どこまでかわいくないんだよ!あんたは」
「…敵、距離3000。接近してきます」
「直にやろうってのか?いい度胸じゃネェか腐れ外道テロリストどもが」ランカはやる気満々だ。




 そうこうしている今、並行してRDは上にいる自分たちの「仲間」に接触しようと試みていた。
ナ ノメタルエンジンとは高密度エネルギー変換が可能な金属性ナノマシンの事だ。これを見にまとえば機械の性能を動的にパワーアップすることができる。表面の 防御力も増大出来る。火星で開発された全く新しいスーパーテクノロジーである。地球圏で使用しているのはおそらくUNIVACのメタルガードだけなはずだ し、これに対応したボディの持ち主でなければならない。このシステムには弱点もあり単体で長時間持続することができない。PPGを装着するのはナノメタル エンジンに継続的にエネルギーを供給する為でもあるのだ。RDはナノメタルエンジン特有の波長の電波を探した。これを見つけて自分のものと合わせれば意思 を伝える事が出来るかもしれない。

「バカな事は止めて投降してください」いおんは最後の説得を試みる。うしろにマリーとその祖母をかばっ て男の間に立つ。二人は何とか立ち上がってエレベータのドアにとりついた。マリーの祖母はドアを開けようとスイッチを押すが作動しない。ここはいわばエア ロックなので安全装置を解除しなければ開けられないのだ。あの二人がそんな操作法を知っているわけがない。
1分が過ぎてトランクから白いガスが噴 き出した。床に倒れている方の男が咳こみ出す。マリーたちも目を押さえて咳をしはじめた。催涙ガスのようだった。もう一人の男はコートの中からマスクを取 り出して頭をすっぽり覆っていた。コートを含め男の姿は簡易宇宙服のようにも見える。
「さようなら、すてきなアンドロイドの娘さん。君はとても チャーミングだがここでお別れだ。もうじき迎えが来るのでね。下衆な男を置き土産にすることはお詫びしておこう」床に這いつくばっているさっきまで仲間 だった男を見下すように言い、マスクの正面を閉じた。踵を返すとガスの向こうに消え床を蹴ってジャンプした。月の重力下の為容易く天井まで届く。そこにあ る点検用の簡易エアロックの扉に取り付くとコックを回して内扉を開け中に滑り込んだ。爆弾の作動ランプの点滅はさっきより早くなっている。男の話が真実な らば後1分も残されていないはず。
 マリーたちはドアの前で弱っている…いおんは安全装置を解除する操作を試みたが動作しない。
やり方が間違っているのか?あるいはさっきの銃の暴発でどこかの回路がやられたのか…
と、そこにいおんの心にちょうどテレパシーのようなだれかの声が響いて来た。

 [いまからドアを開けます!3秒後に閉じますので3人でとびこんでください!]

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 同時にパネルに電源が入って安全弁が解除されエレベータの二重扉が開き始めた。
いおんは二人を中に押し込もうとしながら床にへばっている男の方を見た。
もしも間に合うのなら!
 いおんは躊躇しなかった。なぜだか自分でもわからない。足がほとんど自然に動いていた。
床に倒れている男の所に駆け寄り ベルトを引っ掴むとそのまま床を蹴ってエレベータの方に向かって思いっきりジャンプした。開いていた扉が閉まり始める。
お願い!間に合って!!いおんたちは扉に挟まれそうになりながらも飛び込んだ。勢い余って向かいの壁にぶつかってしまったがなんとかぎりぎり間に合った! すぐさま扉が閉まりエレベータが降下し始める。間髪を置かず突然激しい衝撃と振動が襲ってきた。
 トランクの中の爆弾が爆発したのだ。それは高圧高温で爆発炎上し密閉された部屋いっぱいに膨れ上がった、スプリンクラーが作動したとしてもほとんど効果 はなかっただろう。
  展望室は灼熱の地獄と化し爆風はヒビの入ったガラス窓を壊して防御シャッターをぶち破った。高圧高熱のガスがそこから真空の空に吐き出されていく。揺れる 展望台の屋根に這い上がって立ち上がる影が一つあった。爆弾を作動させた本人だった。簡易宇宙服を着て外に脱出したのだ。男の後ろにいつの間にかもう一人 少女が立っていた。彼女の方はヘルメットをつけず素顔のままだった。紫の装甲服を身に着けた彼女は整った顔立ちをしていたが表情の方は険しかった。





「天使…ではないようだな」体を半分ひねると少女の方を向き相手に伝わるかどうか関係なく言った。爆発の揺れが弱まったので足下の外板を通して声の振動を 拾うことぐらいはしているだろう。
『UNIVACの空間特機だ。どこにも逃げ場はない、おとなしく投降しなさい』マスクについている小さなスピーカーから声がした。おそらく強制的に直接ス ピーカーを電気的に振動させて音声を送ってきているのだ。
男はその少女、セリナに銃を向けようとしたがすぐに下ろした。武装強化したアンドロイドには豆鉄砲以下の代物だ。
『助けならこないぞ。もとより奴らはお前を助ける気などなかったようだが』セリナに再び背を見せて眼下の光景を見下ろそうとしている男に向けて言った。
 例の武装工作船は先に放ったミサイルをすべて破壊した相手に近づいて機関銃弾の雨を降らせた。がそんなものが通用する手合いではなく逆にレーザーライフ ルで銃身を打ち抜かれた。
そこで船首の大型レーザー削岩機…もとから船についている装備を開いて直接タワーの下部にぶち当てようとした。高熱を発する二本の顎でタワーの鉄骨を捉 え、ずたずたに引きちぎるのだ。
 そこへいきなり人が降ってきた。その運動エネルギーを船首にを食らい船はつんのめった。
 ランカは武装工作船に取り付き直に素手でそれを壊しだした。コクピットの前に張り付いてガラス窓を叩き壊そうとしている。ひびが入って空気が漏れはじめ 赤い警報ランプが点滅していく状況で中の人間は宇宙服を着ているのも忘れパニックに陥りはじめていた。
「…野蛮です」タワーの影で銃撃をやりすごしたRDが柱から顔を出し一言感想を述べた。



 ランカが破壊途中の工作船はよたよた月面都市の上空を漂っていてそのうち煙も吹き出すと高度を落としていってちょうど宇宙港のUNIVACの敷設のある 方向に降りていった。それを見た男の口元は見ることができたならにやりとしていただろう。
「わ たしはさっき仲間だった男を切り捨てたばかりでね。当然自分も切り捨てられる恐れもあった訳だよ」男は走り出すと真空の闇の中に身を投げた。重力の少ない 月ではあるが落ちて助かる高さではない。しかし男のコートにはロケットパックが仕込まれていてこれで減速して下に降りまんまと逃げようという算段だった。 ルナシティIIIの中は広くて複雑だ。どこかに紛れれば逃げ切れる自信があった。
「さらばだ、鋼鉄の乙女たちよ…ふははははは」空中で一人笑った。

『ダ メだよ〜おじさん。命を粗末にしちゃー。』誰かがいきなり足をつかんで接触通信で話しかけてきた。さっきと似たような装備の別の少女がどこからか現れて来 たのだ。にっこり笑うその顔はどこかじゃれてくる猫を思い出させる。彼女は空中で落ちながら男の足をつかんだままくるりと頭を下にひっくり返した。
「うわぁつ!!!バカ!!!よさんか!!!!!やめろ!!はなせええええ!!!」このままではロケットが使えず減速できない。地面に激突してしまう。男は 本気で慌てふためいた。地面がみるみる迫ってくる。
あるまは男を引っ掴んだままスラスターを全力噴射して緊急減速をかけた。急激な減速で重力加速度は数Gぐらいいったかもしれない。無事に?下に降りた時に は犯人の男はノビていた。



  いおんたちを乗せたエレベータのカプセルはルナシティIII中央ブロックの天井部分にあるエアロックの部分に降りた。あれは奇跡などではなくナノメタルエ ンジンの作用と月の低重力、そしてあの声の主がほんのわずかだけ扉を長く開けてくれたおかげでなんとか間に合ったのだ。天井が閉まり中の空気が満たされる とランプが青に変わった。エレベータの扉が開きアナウンスが入る。それはどこかで聞いたような声だった。
『今救助班ノ要請ヲシマシタ。マリーチャンタチモイオンサンモゴ無事デトテモウレシイデス』
「トウゴウさんなの?」ナノメタルエンジンの効力が切れてすこしぐったりしているいおんが壁に半身をもたれかけて姿のないその声に向かっていった。
『ゴ心配ヲオカケシマシタ。22号はワタシノ端末デス。コワサレタウエクロコゲニナッテシマイマシタガAIノ本体ハ別ニアッタノデ無事デシタ』
「そう…よかった」いおんはほっとした。


第四話了

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