第二話「ヘブンズゲートを越えて」

 
 いおんはルナシティIIIという街について何も知らなかった。もちろんデータとして知る事は出来たのだが実際に自分の目で見て回ったわけではない。時間 だけはあったのでとりあえず街の中心部を目指して出かけてみる事にした。ちょっとした探検気分である。
  ルナシティIIIは直径が3kmほどの正六角形の機密モジュールが蜂の巣のようにいくつも組み合わさって構成されている。上下にもいくつかの層があり大部 分は地下に作られている。いおんが住んでいるブロックは西のA1、ミドリガオカという名前で住宅中心のブロックになっている。名前の通り緑も多い。もちろ んこの緑は単なる景観ではなく人間の生存に必要な酸素をもたらすためでもある。表通りは下町と違ってかなり開けていてはそこには住宅の他に病院、学校など も作られていて近くにはツォルコフスキーユニバーサルカレッジという大学のキャンパスがあった。そこに通っている学生たちの寮などもいくらかあるようだ。 いおんはもよりのバス停に向かって歩いて行く。大学の入り口から2人の少女がちょうど出てくる所だった。背が少し高い方の栗色の髪をおさげにして黒いベ レー帽をかぶった18、9歳ぐらいの娘がいおんに気付くとにっこり笑ってあいさつした。


「こんにちは〜この辺に住んでるの?」
「こんにちは。ええ、ここの学生さんですか?」いおんが答える。
「んー、まぁアリスはそうなんだけど私は違うかなー?」
「ジェシィ、知り合いの子?」金髪をツインテールにした少女が青い目を連れに向けて聞いた。
「んふ、それじゃごきげんよう」軽く会釈すると近くの駐車スペースに向かって歩き出す。
「あ、はい。どうも…」いおんには初めて会う人だったがなんだかいい人っぽい気がした。



  いおんがバス停に付く頃に白くひらっべたいレトロなデザインのスポーツカーが幹線道路に躍り出て来た。妙に低く響くエンジン音を発している。月面では個 人所有の趣味製の強い車は珍しい。無人のエレカやレンタカーやカーシェアリングが普通だしそれで十二分に事足りている。動力も電動が主であるが今見てるス ポーツカーは水素燃料かガスタービンだかよくわからないが内燃機関が内蔵されてるっぽかった。車内を見るとさっきの2人組だった。すれちがいざまに運転席 に座ってる年上の方のおさげの娘が軽く手を振るのが見えた。


「”いおん”タイプなんて珍しいわねぇ。月で会えるとは思わなかった」運転席のジェシィはさっきの妹のアリスの質問に答えるつもりで言った。
「え?さっきの子ってアンドロイドなの?」助手席のアリスはすでに見えなくなったバス停の方を振り向きながら答える。
「ごく初期のね、だいぶたくさん作られたらしいけど今は少ししか残ってないらしいわ」
「へーそうなんだ。私より歳下に見えたんだけどだいぶ長生きさんなんだなー」
「んーでもまぁ、レプリカかもしんないけどね。いくらなんでも」
「なんだぁジェシィってテキトー、だめじゃん」
「えへへ…」少しごまかすようにジェシィは笑った。「でも…」
車は各ブロックを繋ぐトンネル部分に入って行く。リトラクタブルライトが上がって光りだす。



 バス停で2、3分程待っているとバスがやってきた。12、3人乗りぐらいのマイクロバスで行き先は中央ブロック方面。ルナシティIIIにはモノレールが 南北に走っており縦軸移動はモノレール、横軸移動は車で移動するのが基本になっている。その他地下チューブがあって公共交通もしくは車で移動出来るように なっている。乗客は2、3人でバス自体は無人だ。もちろん高度なAIが存在する現在人間の運転より安全で確実なのはいうまでもない。バスは前後が同じ形を していてUターンすることなく方向転換が出来るようになっている。動力は四輪に内蔵された超伝導モーターである。バスは静かにするすると路面を滑るように 走り始めた。その大きな窓越しに建物や緑の木々が流れ出す。

「おねぇちゃんここあいてるよ」車内中央に背中合わせに作られたベンチシートに座っている6、7歳ぐらいの女の子が声をかけて来た。赤い上下の服に黒い髪 が腰までのびている。隣には保護者らしい初老の女性が居眠りをしていた。少女の方は人見知りしないのかいおんが人に声をかけられやすいのか物怖じしない様 子だった。他にも席は空いているが別に断る理由も無い。
「ありがとう、じゃお言葉に甘えて」いおんは女の子の隣に腰を落ち着けた。
「あたしマリー」りんごのような赤いほっぺに黒い瞳をくりくりさせながらいった
「いおん、蒼間いおん、よろしくね」
「いおんちゃんかぁ…いおんちゃんはセンターにお買い物にいくのー?」
「うーん、別に用事って程じゃないんだけどね。あっちの方はまだ行った事無いから一度行ってみようって思ったの」
「そっか、じゃあ一緒にあたしと行ってくれる?センタータワーに登るんだけどちょっと恐くて…」
えへへ、とちょっとマリーははにかんだ。
「いいわ、わたしも丁度行こうかと思ってたから」
「わーい、ありがとう。おばぁちゃん、このおねぇちゃんも一緒にタワーに行くって」
うとうとしていた老婦人が目を覚ました。いおんに気がつくと穏やかに微笑んだ。


 バスは中央ブロックに入る前に停留所に止まる。貨物宇宙港に繋がっているモノレールの支線から来たのか男が3人乗り込んでくる。様子はなんだか落ち着か ない。マリーがその方に視線を向けると黒いコートを着た禿頭の男が女の子を睨みつけた。物怖じしないマリーだがいおんに思わずしがみついてくる。男たちは 開いている座席には座らずに手すりをつかんで立ったまま窓の外を凝視している。もっともすぐにトンネルに入ったので何にも見えなくはなったのだが。
 バスはやがて中央ブロックに入った。商業施設やスポーツ施設をはじめとする娯楽施設などが入っていてブロックの大きさは他と同じだが六角形の中央には天 にのびるタワーがあってホログラフで映し出された空ー天井に達している。その部分は丁度雲でぼやけて見えないようになっていた。タワーはそのまま天井を突 き抜けてその上にそそりたって真空の宇宙空間まで繋がっていた。
 バスを降りた三人はタワーの方に歩いて行く。タワーのまわりは公 園になっており花壇や噴水などが作られている。さっき乗り込んで来た男三人もタワーに向かっているのか後から同じ方向に歩いて来た。




 中央ブロックから2ヘックス西の端にある貨物宇宙港のそのまたはずれ、通称ジャンクヤードと呼ばれている一角がある。地下チューブをくぐり抜けてから岩 盤を掘り抜いた剥き出しの壁の区画を通り抜ける。その一つにあるドックの一つに一台の白いスポーツカーが来ていた。
さっきのジェシィとアリスの車だった。月面を半分掘って作った金属製の建物の一つで初老の夫婦が宇宙船整備工場を営んでいるサリー&マーリン整備工場だ。 その事務所にジェシイとアリスがいる。事務所の片方の窓は月面に開いていて貨物港が見える。一つのドックでは何やら作業が行われていて小型の宇宙船らしい ものを引っ張りだそうとしていた。


「んーわざわざ見に来んでも心配要らんさねぇ。おいらがちゃんと見てやってんだからサ」
ごま塩頭をオールバックにした無精髭でやや猫背のやせ形のしょぼくれた男がマーリン。
「おまいさんだから心配なんじゃないかえ?だろ?」小太りの口悪そうなおばさんがサリー。
「なにをお〜!おりゃがいつんなええかげんなことしたことあったていうんカ?」
「まぁまぁ…そんなんじゃないですよ。ここに預けてまだ一回も発進した事無いから訓練も兼ねてチェックしに来たんですから」夫婦喧嘩をおっぱじめようとす るサリーとマーリンの間を割ってジェシィがなだめた。アリスはそんなやりとりを気にせずに港の風景を眺めていた。
「まーなんだ。出動がないのはいいことじゃないんかのウ。ウニバックとかいうもんが出来たって言うしあんたらもずいぶん暇になったんだロ?」
「UNIVAC。出来たのはいいけどさ、役に立つんだろうかねぇ?宇宙軍と惑星警察から寄せ集めっていうけど所詮烏合の衆って感じだろ?大体どっこも宇宙 は人材不足なんじゃないんかい?」
「なんでもUNIVACはアンドロイドで人員を補強するって話です。任務が特殊で危険ですし人間だと人員育成に時間と労力が多大に必要ですがアンドロイド なら学習も訓練も短期間ですみますし汎用性も高いですよ」ジェシィがサリーの疑問に答える。
「アンドロイドねぇ…あんなロボットみたいなもんにあたしらの命預けて大丈夫なんかねぇ?」
「ケッ。いまごろんな事行ったって遅いさねぇ。ここいら辺一体をふくめておれらがいる宇宙のどこにエエアイ使ってない部分があるってンダ?おれらとあいつ らは持ちつ持たれつ一蓮托生。万万が一反逆なんてされりゃみんな死ぬしかないのさぁ。ッッッケケケ」マーリンが皮肉を込めて笑った。
「ケケケ、じゃないよ!まったく。なんて時代だろね!あんたみたいな機械バカならそれでもいいんだろうけどさ!……」ぶつぶついいながらサリーは向こうの 部屋に消えた。
「ま、まぁそんな大昔のSFじゃないですから。現代の人工知能の倫理回路は問題ないはずです」
「んー?果たしてそうかなぁ?あいつらだって所詮人間が作ったもんだ。人間は間違いを犯す、そして悪い事もする。人間が悪さをすりゃそれを作ったあいつら も悪さをするかもしれんぞ?そして人間ってやつぁそんなに高級な生きもんでもないからナ…」言われてジェシィは黙りこんだ。
「ま、そいう意味じゃやつらと人間はある意味変わらねぇともいえんこたぁない。逆にひょっとするともう人間の方がやつらより愚かなんじゃないかって時々思 うんだけどサ」
 ジェシィはさっき街であったアンドロイドの少女の事を思い出した。あんな子が突然人間に対して危害を加えるような事もありえるんだろうか?そんな事をふ と考えたりもした。
「ねぇ、ジェシィ」アリスが何となく重くなった空気を破って話しかけてくる。
「あれって小惑星鉱山の工作船だよね。こんなとこで運用してるのかなぁ?」さっきからずっと眺めているドックヤードの端でなにやら作業しているあたりを指 差して言った。
「さぁ?0Gか微小重力下で運用するタイプみたいだけど。月面でも運用できるのかしら?」
「離着陸にゃ問題ねぇけどな。大方整備か改造の為にこっちに降ろして来たってとこだろサ」
「だって。トラブって緊急着陸だってありえるしね」
「それよか来てくれヨ。ちゃんとおいらが仕事してんのかも含めてナ。チェックしてくんろ」
「あ、はい。行きます大丈夫信頼してますから。アリス、3号見に行くから」
「うん、今行く〜」なんとなく気にかかるのだがアリスはその場を離れた。



 二重に扉がしまってぷしゅーと空気が抜けるような音がした。このエレベータは一種の機密カプセルで住居区画の天井あたりにあるエアロックを通過してから 外のタワー部分を更に登って最上階の展望室に通じている。そこまでの間は全くの真空区画だった。エレベータに乗り込んだのはいおんたち3人と例の男たち3 人。定員は20名なので十分余裕がある。いおんとマリーたちは大きな窓のある方に立って下の光景を眺めている。中央ブロックの天井までの高さは250m  月は地平線が近い事もあり丸く凝縮した箱庭のように見える。建物や人や車などの乗り物が小さくなっておもちゃのようだ。人工の空中を飛行船が漂うように飛 んでいる。祖母の方は不安な表情をしているがマリーは全然怖がる事なくはしゃいでいる。男たちの方はというと扉の方に固まってこちらに時々目を向けて耳を そばだてているようだ。男の一人はなにやら小振りのスーツケースを大事そうに抱えている。なんだか不自然な感じもしたがプライバシーもあるのでいおんは自 分の聴音感度をノーマルなままにしておいた。がもし感度を上げていたならこんな会話が聞こえていたかもしれない。

『老婆とガキに小娘か。あの3人ぐらいなら丁度いい』
『まだ上にどのぐらいいるかわからんぞ気を抜くな』
『この時間はあまり利用者がいないらしい団体客がいなければいけるはずだ』

 月面都市の天井近くタワーの外部に繋がっている部分には人工の雲を発生させる装置がついている。天井の蛍光物質にフォログラフィーのレーザーが当たって 太陽の光とおなじような光源を発生させているのだがその光が雲に差し込んできてドーナッツ状の虹をタワーのまわりに発生させていた。ここは通称「ヘブンズ ゲート」と呼ばれている。
『もうじきヘブンズゲートを通過します。しばらくお待ちください』女性のアナウンスがあった。
雲の中に吸い込まれて上がっていくとまわりが暗くなりそれからエレベータは一度停止した。ゴウウンと音がしてまわりが急に静かになった気がした。少し間を 置いてから微かな振動が伝わってくる。それからおもむろにエレベータは再び上昇をはじめた。エアロックを通過したらしい。2、30m程上昇するとそこから 見える風景は一変した。


 窓の外には月面が広がっていた。半分以上はまだルナシティIIIの外部構造部で埋まっていたが日は傾き月面は鋭い影に飲み込まれそうになっていた。と いってもまだ「夜」には地球時間の1日程かかるはずだ。中空には青い地球が半分程欠けた状態に見えている。タワーの頂上まではさらに800m登る。北西に はコーカサス山脈が見え始めてギザギザした頂を浮かび上がらせていた。
『展望台に到着しました。観覧は50分以内でお願いします。なお太陽風その他の放射線異常が発生した場合緊急シャッターを閉じる場合がありますのでご了承 ください。緊急時には係の指示に従ってください』アナウンスがあるとエレベータが止まってゴウンと振動がありその後空気が流れる音がした。壁のランプが赤 から青に変わるとチャイムが鳴って扉が開いた。
 扉が開くとマリーは駆け出した。急に駆け出したので月の重力の低さのため女の子の小さな体は飛び上がってしまった。が、慣性はそのままなので勢いが速く て止められない。いおんはあわてて飛び出そうとするが間に合わない。マリーはそのまま展望室の窓に激突…しそうになった。

 マリーの体をとらえたのは白いボディに丸い頭まん丸い目をしたロボットだった。彼?は彼女を抱えて優しく床に降ろした。
『アブナイデスヨ、オジョウチャン』いかにもレトロな機械的な声でいった。動きもなんだか機械っぽい。どうやらこのフロアの担当係員らしい。21世紀初め ぐらいにいたようなクラシックなロボットらしいロボットの姿をしているが中身は割と最新式なはずである。こういった観光施設にはいろいろな人間がくるので 人間に近いものよりこういうタイプの方がふさわしいのだろう。
「ありがとう、ロボットさん。やさしいのね」マリーがお礼を言った。
『ドウイタシマシテ。ミナサンヨウコソ、ハレノウミ・ルナシティIIIセントラルタワーテンボウダイニ。ワタシガゴアンナイヤクノトウゴウ22ゴウトモウ シマス』ロボットはぺこりと挨拶した。
フロアには同じ型のロボットがもう一体いたがそちらの方は14、5名程の団体に付いてガイドしているようだ。丁度観覧が済んだのかもう片方のエレベータに 乗り込もうとその前に列を作り始めていた。ここのエレベータは規定でどちらか片方のエレベータが最上階に必ず付いていなければならないことになっていた。 今は両方並んで付いているので団体客はそちらの方に乗り込もうとしている。
『ソレデハゴアンナイイタシマス。ソチラノミナサンモゴイッショニイカガデスカ?』
トウゴウ22号が例の三人組にも声をかけた。男の一人は吐き捨てるように中指を立てて
「いらねぇよ、くそったれブリキ缶が」おいよせと男の一人がたしなめもう一人は手を振ってロボットの申し出を断った。場違いに出た汚い言葉にマリーの祖母 は眉をひそめた。
『ソウデスカ、ソレハザンネン。ゴキボウアレバマタオネガイシマス』
マリーはトウゴウにしがみつくようにまとわりついた。あれこれ質問をしては答えてもらっている。


「ヘブンズゲート…ここが天国なら悲しい程寂しい場所では無いでしょうか?」いおんの側で外の世界を見つめていたマリーの祖母がぽつりといった。その目に は涙がにじんでいる。彼女はコーカサス山脈の尖った頂のあたりを指差した。傾いた日の光がぎらつくように山の稜線を暗黒のそらに浮かび上がらせ影はくっき りしていてそこも暗闇のようだった。
「マリーの…あの子の両親はあそこで亡くなったんです」
「え?」突然の告白に少し驚いた。
「事故でした。宇宙船の管制システムに異常が発生して高速であの山にぶつかったんです」いわれてみれば山の一角が不自然に切り取られている。衝撃のエネル ギーは凄まじい物だったろう。
「遺体は見つかりませんでした。おそらく蒸発してしまったのでしょう」
「マリーちゃん…」そういえば展望室の中央に何やらモニュメントのようなものがあって名前のようなものが刻み込まれていた。ルナシティから離れ険しい山の 斜面での事故だったから現場が見えるここに作られているのは当然かもしれなかった。
「あの子はまだ2歳でした。あの子だけ地球に残っていたので助かったのです。両親の事を話してからは月を見るたびにいつか会いに行くんだって笑って私にい うんです…」
マリーはトウゴウ22号と一緒に備え付けの望遠鏡を覗いていた。トウゴウの方は目の方にズーム機能が付いているのでマリーの指示に合わせて同じ場所を見て いる。
「ほら…あそこ。見えるでしょ?あそこにあたしのパパとママが眠ってるんだよ」
『アア…マリーチャン。シッテイマス。アノジコノコトハ…オキノドクデシタ…』優しく機械の腕をマリーの肩に乗せるトウゴウを見てマリーの祖母はいぶかし んだ。
「どうかしらねぇ…まぁどうせプログラム通りにしゃべっているだけなんだろうけど」
「おばあさん…」
「ふふ、ごめんなさいね。私はあんまし機械って好きじゃないから。ここに来るまでに散々利用して来てこういうのもなんだけど。機械のせいであの子の両親が 亡くなったものだからね…」
「あの…わたしは…」自分はアンドロイドだ、とこの状況で言える状況ではとても無かったから言葉を詰まらせてしまう。重い鉛のようなものを飲み込むような 気分だった。



 突然、その場を覆すように警報が鳴り響いた。アナウンスが続いて状況を繰り返し説明する。
『火災が発生いたしました。落ち着いて係員の指示に従ってください、火災が発生しました…』
「火災!?」いおんとマリーの祖母はハッとする、マリーの方をみるも彼女は何が起こったのかわからずにきょとんとした顔を2人の方に向けている。
『イマ情報ガハイリマシタ。火災ハ左エレベータでタワー一階で発生シテイル模様デス。現段階デノコノ場所デノ危険ハアリマセン、オチツイテ指示ニ従ッテク ダサイ』データを直接受け取ったトウゴウが報告する。さっきに比べると話し方が自然な感じに聞こえている。
そこに男の一人がマリーの方に近づくといきなり引きずるように乱暴に抱え上げた。
「きゃああ!!」
『ナニヲスルンデスカ!マリーチャンヲハナシテクダサイ』トウゴウがマリーに駆け寄ろうとするとバチッ!!と鈍い音がしてそのまま仰向けにトウゴウが倒れ て動かなくなった。
「トウゴウちゃん!!」倒れたロボットに駆け寄ろうとするも男に羽交い締めにされて動けない
「近寄るなよ、ガキがどうなってもいいのか?」マリーの首筋にナイフのようなものが突きつけられている。普通のナイフではない、それ以上に切れる高周波ナ イフのようだった。
「バカな事を!ま、マリーをマリーを離して!!」孫を人質にされて祖母は取り乱す
「目的はなんですか?」彼女を制するようにいおんは前に出た。こんなことが起こっているのに不思議と冷静だった。なんとしても2人を守らなければならな い、そう強く思った。
「目的か?お前らは人質だ余計な事は知らなくていい。黙って従いたまえ」もう一人の男が床に抱えていたスーツケースを開いて広げている。なんだかわからな いが何かの装置だった。
「見ろ。こいつは爆弾だ、こんな展望室など一発で吹き飛ばせることができる」
「そんなもの使えばあなたたちも」いおんの言葉を男は遮って
「覚悟の上だ、もっともこれは文字通り最後の手段なのだがな」何の為の信念かはわからないが腹が据わっているのか狂っているのはともかく男は本気で言って いるらしい。
 男たちは三人いたはずだ、横目で見ているのだがマリーを抱えている男ともう一人しかいない。
もう一人はどこにいったのか?どうやらさっきの火災通報と関係があるのかもしれないが。
「動くな、手を頭の後ろに組んで窓の方に向かって立つんだ」男の手にはいつの間にかピストルのようなものが握られていた。金属製ではないかのような質感に 見えたが高圧ガスガンかもしれない。そうだとして十分に殺傷能力はあるだろう。
男はピストルを手にして狙いを2人に合わせたままエレベーター脇の有線電話を手に取った。マリーを抱えている男とリーダーらしきピストルを持った黒尽くめ の禿頭の男といおんたちとはちょうど正三角形ぐらいの位置にあった。その中央、やや犯人たちよりのところに例のスーツケース。
 外は真空の絶対零度の世界があるだけ。自分がアンドロイドでもどうしようもないではないか?
男は受話器に向かって冷静に話し始めた。
「われわれはアースライト、地球光のシンパだ。展望室は乗っ取った。人質も3名いる。こちらの要求に応じない場合人質を一人ずつ殺す。万が一強硬な手段に 出た場合は爆弾を作動させる!」


 一方タワーの基部のルナシティIII中央ブロックでは混乱が生じていた。エレベータの火災に続いてあちらこちらで火災が発生していた。火災自体はぼや程 度だったが煙が充満して混乱に輪をかけていた。

(つづく)
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copyright by まりそん(marison)/UNIVAC広報課 2007

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