プロローグ
 
 緊急ブザーが鳴る宇宙船。無重力状態の中脱出カプセルに殺到する人、人、人。
 最後の一個に駆け寄った初老の男は連れの少女に声をかける。 「乗るんだ!早く!」
  狭いカプセルに2人が詰め込まれ船から射出されると同時に宇宙船は爆発四散した。
 虚空を漂ういくつものカプセル達…中には船の破片に当たって破壊される物もあった。
もちろん中の人間などひとたまりも無い。
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 ここは地球と火星の中間にあたる軌道の一角で、ごくたまに彗星や楕 円軌道を持つ小さな小惑星を除くと全くなにもない真空の虚空だった。  さっきまで地球圏から火星目指して曲線を描いて慣性運動で進んでいた宇宙船の成れの果ては 爆発のエネルギーで四散しつつそれぞれが太陽系の小さな人工惑星になりつつあった。彼女たち が乗り込んだ小さなカプセルもその一つである。 カプセルは通常成人一人用、せいぜい子供を一人追加出来る程度の物だった。

  全長は4mほど最低限の生命維持機能とエネルギー、救命物資が搭載 されているだけだ。 小さな窓があって外の様子を覗く事が出来る。そのちっぽけなカプセルに2人は入っていた。 そのうちの一人は実は人間ではない。この時代すでに人間そっくりなアンドロイド、 機械で出来た人造人間はあたりまえのものになっていた。生死の分け目の狭間にあって何の躊躇 も無く彼女をカプセルに呼び込んだ彼にとって彼女の存在はかけがえの無い物になっていたのだ。 彼女と一緒に暮らすようになっていつの間にか何十年もの歳月が流れていた。

  彼女は小柄で少女の姿をしていた。もちろん実際にはもう大人になっ ているほどの人生経験をしているはずだが途中2回ばかり体を新しく取り替えたものの姿形はほとんど変わっていなかっ た。男の方は本当はずっとこのまま彼女と一緒に平穏に暮らして生きたかっただけなのだ。 そんな平凡な願いも叶わず故郷である地球を逃れて逃げ出さなければならなくなってしまった。 だがそれももう終わりかもしれない…男は覚悟した。

 そしてその小さな命の火は燃え尽きようとしていた。救命カプセルは七日間ほど生命維持装置 が保つはずだった。遮る物が何も無い宇宙空間にあって惑星間航行船の遭難は遠く離れた地球か らも明らかだった。当時の宇宙船の性能であっても救難活動はぎりぎり行えるはずだった。 が、結局助けはこなかった十日後彼は息を引き取った。冷たくなって行く主を抱きかかえて彼女 は小さな青い星を機械の悲しみに染まる瞳で見つめていた。
  やがてエネルギーが尽きた。彼女も冷たい只の物体となり小さなカプセルは誰にも知られないか のように太陽を回る天体の一つになりおそらく永遠に軌道を回りつづけるのであろうか…?
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